→短編・お茶目なAちゃんと私
年に数回、Aちゃんは手紙を寄越す。センスのいい封筒に、これまたセンスのいい切手を貼って。
でも私は彼女に返信したことも、私から手紙を出したこともない。だって彼女とはSNS 毎日やり取りしてるし、手紙のいろいろ……、例えばペンとか便箋とかにお小遣いを費やせるほど、中学生のお財布事情は華やかではない。
ところで、今年の夏はとても暑かった。そんな時期が過ぎ去って、秋っぽくなってきた。
国語の先生が秋の表現を幾つか黒板に書き出していた。「秋の日は釣瓶落とし」とか、「錦秋」とか、「天高く馬肥ゆる秋」とか。
その時、ふと予感がした。
あっ、Aちゃんから手紙来るかも、と。
――案の定。2日後、郵便受けに私宛の手紙。
「天高く高く馬肥ゆる秋、如何お過ごしですか? 夏がめっちゃ暑かったから、秋の空も合わせたほうがいいかと思って、ぶち上げてみました」
やっぱりなぁ……、Aちゃん、目ぇ輝かせて国語の先生の話聞いてたもんなぁ。
ちなみにAちゃんの家は、私の家の2軒となり。私たちは同じ学校に通うクラスメイトだ。
テーマ; 高く高く
→マジで回答が聞きたいんだが……
質問!
「大人しく」と「子供のように」は対義語ですかね?
これら表現って、そのうちアンコンシャス・バイアスだと無鉄砲な多様性網に引っかかったりするんですかね?
十人十色の回答があるはずなんだよなぁ〜。聞いてみてぇなぁ、あぁ、無念!
テーマ; 子供のように
→中学校時代
授業が終わって、何となく居残って友人たちとダラダラ話す。人の少なくなった教室に、大笑いをばら撒いて。
どんな話だったかな? 細かい内容は覚えていない。内輪話だったと思う。仲間だけで作り上げた世界観を共有して笑い転げ、時に憤慨して。何の衒いもなく真っ直ぐに、希望と理想に輝く視野で正義と仁義とユーモアを元手に結束していた。飽きることなく、疲れることなく、あの熱量を懐かしく感じる。
クーラーなんてなかった時代。夏場は汗に構うことなく、タオル片手に大笑い。鋭く入り込む西日や寒さなど物ともせず冬の日々。
仕方なく、そろそろ帰ろうかと暗黙の了解で立ち上がる。
あの頃の私たちにとって、放課後は無敵時間だった。
テーマ; 放課後
→短編・闇一夜
真夜中、カーテンを下ろすようにまぶたを閉じる。
眠ろうと思った。
でも、眠れない。
そんな心当たりのない不眠が続いている。
理由があれば、楽なのだろうか?
たぶん、それはそれで苦しいだろう。
まぶたの裏、眼球は暇を持て余す。
仕方なくまぶたを開ける。
闇の中、あっという間に目が慣れて、「黒は300色あんねんで」なみに家具や置物の陰影を浮き立たせる。
駄目だと解っていて、スマートフォンに手を伸ばす。
闇に馴染んでいた目を瞬かせる。
昔は時計の音で過ぎていく時間を感じていたものだが、今では手元の小さな機器がその役割を果たす。
そんなことをしていたら、空が白み始める。
鳥の声がし始める。車の走る音が増え始める。
マンションならではの音の伝播で、何処か家のカーテンが開いたことを知る。
のろのろ立ち上がって私もカーテンを開ける。
一日が始まる。
テーマ; カーテン
→10 月10日
カレンダーを見て、私は衝撃を受けた。
漢数字とローマ数字の10。
↓ ↓
十 X
斜めに見ると
↓ ↓
ローマ数字 漢数字
つまり、
十月X日=X月十日
なんてこった……。
少し首を傾けただけで、ローマと日本が交錯しやがった。まったく、世界ってのは驚きと発見に満ちてやがるぜ、ヘヘ。
私は今、感涙している。
テーマ; 涙の理由