→短編・ひとり酒
ハート型ボトルのウィスキーが実家から送られてきた。親父がゴルフコンペのニアピン賞でもらってきたものらしい。実家は全員下戸なので、唯一酒の呑める俺に回すことにした、と母親はそう説明した。
コロンとしたハートがなんとも可愛らしいボトルだ。ミニサイズを想像しがちだが、実はフルボトル。しかもラベルに「愛」の文字入り。ファンシーさとイカツイさを併せ持ったボトルだ。
そして20代独身男の部屋に微妙な哀愁をもたらしてくれている。
早々に終わらせたいのだが、ウイスキーのフルボトル、なかなか減らんのよ。
「う〜ん」
一声唸って、ボトルのウイスキーをグラスに注ぐ。気合いの入った達筆の「愛」の強烈な存在感がすごい。同じ愛なら人間の愛がイイ。
「愛を注いで、愛を求める……、なぁんてね、ハハ」
破れかぶれな独り言が辛い。
ヤバい、マジで人恋しくなってきた。マッチングアプリ、登録しようかなぁぁ。
テーマ; 愛を注いで
→短編・絵心と心太
友人と交換日記を始めることになった。何となくのノリで絵日記に決定。
一番手は友人。週末の家族旅行の様子を絵に描いてくれたみたいなんだけど……、絵がなかなかにエキセントリックだ。
鉛筆画なので白と黒の世界。食べ物かな? 器に細長い針のようなものがたくさん入ってる絵。なんだろう? 麺系? 日記をヒントにするなら、香川県に行ったと書いてある。
「うどん??」
まるでクイズを答えるような私の疑問符付きの言葉に、彼女は肩を落とした。
「……ところてん」
心太、とな? なるほど、ところてん??
「黒蜜たっぷりで美味しかったから描いてみたけど、全然上手く描けないの。自分の絵心のなさに萎えた」
そっか、それでもチャレンジしてくれたのか、良いヤツだなぁ。
その日の日記に、私も心太を描いてみた。彼女と同じようなうどんみたいな絵になった。透明なだけにムズいな、心太。
早く明日にならないかな、彼女と一緒にお互いの絵を笑い合いたいな。
テーマ; 心と心
→短編・何でもないフリで、お行儀よく座ってらっしゃい。
お止しなさいよ、お止しなさいよ。
遥か昔に貴方の舞台は幕を下ろしたんですよ。
やれやれ、
華やかな昔日の栄光を急に思い出したのですね。
ふむ? 彼らを告発する?
困ったなぁ。
ねぇ、マダム?
少し昔話をしましょうか?
当時の貴方は、パトロンたちが引き起こした不徳に気づかないフリをした。知らん顔でそっぽを向いてらしたじゃないですか。
お忘れですか?
今になってソイツを蒸し返すのは賢い選択ではありませんよ。
何度でも言います。お止しなさい。
それにしてもそのお洋服、よく見つけてらしたこと!
よくお召しでしたね。
さぁさぁ、鏡はこちら。よくご覧なさい。
今ではすっかり虫食いだらけ。
あぁ、長く立ってらしてお疲れになった?
どうぞ、車椅子はこちらです。
さぁ、お部屋に戻って着換えましょうね。
そんなキョトンとしたお顔をして、どうしたんです?
虫食いの服を着た理由がわからない?
まぁ、そんなこともありましょう。
そうだ、少し聞いて下さいな、マダム。
今の貴方の生活は、かつてのパトロン方のご厚意の上に成り立っている。そのことを忘れちゃいけません。
気まぐれの義憤は、貴方を宿無しにしてしまいますよ。
私が何を言っているのか分からない? 彼らには感謝しかしていない?
そうですか、それなら結構。
面倒なことは言いません。
ありきたりですけれど光射すところには影がある。
だから、どうぞおとなしく座ってらっしゃいな。
テーマ; 何でもないフリ
→短編・祭りの後
ライブ後、会場から観客が帰路につき始めていた。昂揚した面持ちの彼女も、その1人である。
1人でライブに参加していた彼女は、火照った頬をひんやりとした外気で冷めしながら最寄りの駅に向かっていた。同志たちの間を足早に縫って歩く。
「今日のセトリも最高!」
「あの曲が入るとは思わなかった〜」
「ライブの時のあの曲、化けるよね」
耳に入る感動の一つ一つにウンウンと心のなかで頷きく。ライブの余韻に浸る帰り道が彼女は大好きだった。ライブ会場よりも仲間意識が高まる気がするんだけど……、これってアーティストにとって、褒め言葉になるのかな?
電車に乗って、スマートフォンでさっそくセトリのプレイリストを組む。視線を感じて目を上げると、ライブグッズを持つ同年代の女性と目があった。
お互いに軽く会釈した後、彼女はイヤホンを耳に入れた。
テーマ; 仲間
→夢うつつ
幼い頃、私の部屋は2階にあった。トイレは1階。夜中に1人でトイレに行くのが、何よりも怖かった。
天井に付けられた階段の灯りは仄かで頼りなく、1階を照らすほどの光量はない。真っ直ぐな階段の下は、底の見えない洞窟のように見えた。存在しない冷気を感じる……。
「一緒に行ってあげる」
一度だけ、そう言ってプラスチック製の小さな手が私を導いて連れて行ってくれたことを覚えている。
赤ちゃん人形というのだろうか? 小さな女の子の姿をした人形は、柔らかいプラスチック製だった。その子と手を繋いで階段を降り、無事にトイレに到着。事なきを得て、再びベッドに戻った。
この、少しぼやけたフィルム写真のような記憶は、私の中に確かにある。しかし本当にあったことなのかは不明である。
テーマ; 手を繋いで