→短編・それぞれの進路
大学生時代のことだ。
友人の一人が「あの夢のつづきを探しに行ってくる!」と高らかに宣言して、大学を休学しインドに旅立っていった。
自分探し系に目覚めちゃったか〜と大多数が彼を笑いものにする中で、タテノくんだけが目を輝かせて賞賛していた。
「すっげぇ活力! ―ってか、『あの夢の続き』ってことは、他にも何か夢があるってこと? いいなぁ〜、叶えたい夢が多いって! 人生希望だらけじゃん」
大学卒業後、自分を含む大多数は就職した。夢の続き経由インド帰りの友人も同様である。
唯一、タテノくんだけが大学院に進み、脳科学の研究に励んでいる。希望と夢がどれほど人の活動力になるのかを測定しているらしい。
テーマ;あの夢のつづきを
→自動販売機の……
「あったか〜い」の表記が好きだ。
なんやろね?
あのフォントと「〜」に、庇護欲が駆り立てられるんよな。
「うんうん、あたたかいねぇ」と頷きたくなる。
それはまるで、孫の会話に相槌を打つ祖父母の無責任な溺愛と似とると思う。孫おらんから知らんけど。
ダラダラ書きましたが、つまり自動販売機で温かい飲み物を買うとき、いつも心が和むなぁってことです。
あのフォントと表記を採用してくれた人、ありがとう!
テーマ; あたたかいね
→短編・拾得物リスト
自転車の鍵を落とした。私が自転車を使うのは、通勤で家から最寄り駅までで、夜の帰宅時まで自転車の鍵に触ることはない。朝に落としたのか、それとも勤務先か? とにかく交番に届けるのは明日以降だな。会社のロッカーを漁んなきゃ。他の人にはありふれた自転車の鍵だが、私にとっては大事な鍵。あーあ、見つかってほしいなぁ。
ふと思い出して、警視庁の忘れ物検索サイトを探してみた。カテゴリ別に検索でき、さらに拾った場所と落とし物の特徴が書かれている。リストを目で追っていた私は首をひねった。
「う〜ん、困ったな」
特徴欄には、「リング付き」とか「キーホルダー付き」若しくは「カードキー」といった簡単なものばかりで、特徴に乏しい。
「え?」
しかし、望み薄な気持ちそのままに流し見でスワイプしていた私の指が止まった。
な? なんだ? 何か変なものを見た。
同じような特徴が並ぶ中で、明らかにその文字は異彩を放っていた。
「特徴、未来への鍵」
えっと……、これ、どんな鍵なの?
見たら分かるものなのか? 私、今までの人生で未来への鍵を見たことないんだけど。こんな拾得物に普通に乗っちゃうものなの? ―ってか、これ誰でも使えんのかな? 自転車の鍵よりも絶対に役立ちそう。問い合わせ番号控えて忘れたふりして問い合わせできないかな?
スマートフォンの画面を長押しする指に力が入った。特定の数字を囲う。
そして「コピー」の文字。やるだけやってみたい! だって未来への鍵だよ?
「ーって!!! 何考えてんだ、私!?」
私が探してるのは自転車のロックを外す鍵であって、誰かの未来を開ける鍵じゃない。
やべぇ、危うく犯罪に及んで自分の未来にロックかけちゃうところだったよ……。
兎にも角にも明日は早出して会社のロッカーを探してみよう。
テーマ; 未来への鍵
→浪漫元素
超新星爆発によってできた塵芥が、宇宙を漂い漂い、何処かの惑星にふらふら落っこちて、一つの元素となり、一つの生命の元になったりする、らしい。
しかしながら、
自分の手を見ても目ん玉を覗いてみても、髪の毛を引きちぎってみても、何処にもその形跡は見当たらない。
それでも星のかけらは、確かに私たち生物の体を構築している。
ところで、恒星が超新星爆発を起こすとブラックホールになるという。
星の欠片たちはその記憶を持っている、と考えてみたら、今のところ不可知のブラックホールについて、実は私たちは元素レベルですでに知っているのかもしれないって……ちょっと浪漫がすぎるだろうか?
テーマ; 星のかけら
→短編・呼び出しベル
祖父はホテルを経営していました。海辺の街の小さなホテル。夏場は繁忙期だったので、祖父に夏のバカンスはありませんでした。
私たち家族の夏のバカンスは、ホテル近くのヴィラを借りて、両親が祖父のホテルの手伝うことが恒例になっていました。
弟と私は、祖父にくっついて朝のマルシェへと買い物に行くのが大好きでした。色とりどりの新鮮な野菜や果物が朝の陽光にキラキラと輝いていたあの風景は、今でも瞼の裏にはっきりと浮かびます。
祖父は手際よく食材を調達しながらも、私たち姉弟に目を配ることを忘れませんでした。適度なルール(弟と手をつなぐこと、祖父のそばから離れないこと)を守っていれば、そのご褒美に飴とグミを買ってくれました。
祖父はそんな風に私たちを可愛がってくれるものですから、弟と私は祖父に付きっきりでした。レセプション奥の小部屋に待機する祖父と本を読んだりじゃれ合ったりしていました。そのうちに、
―Ring Ring …
呼び出しベルが鳴り、祖父は泊まり客の相手をするため、小部屋を後にします。それまで私たちの『おじいちゃん』だった祖父が、他人のようなよそよそしさでセカセカと出てゆく様子に、何とも言えない寂しさと白けた気分にさせられたものです。それは大人の世界の入り口でした。
そんなことが引き金となって、弟と私が共謀して呼び出しベルを隠す事件を起こしたのは、今でも家族の語り草です。
時がすぎて、祖父の耳に呼び出しベルの音が聞こえづらくなり、ホテルの管理が杜撰になった頃、私たちの両親の勧めで祖父はホテルを閉ざしました。やっとバカンスを楽しめるよ、と皮肉めかして口角を上げたその顔を、笑顔と呼んでいいものか私は未だに判断できません。
晩年の祖父は、ホテルを辞めたことを忘れて、ホテルのことばかりを話していました。彼の話の中で、私たち姉弟は幼く、私たちの両親はまだ若く、彼は活力あふれる働きっぷりを誇っていました。彼にとってもあの頃がホテルの黄金期だったのかもしれません。
「今週末のガレージセールに間に合うように荷物をまとめなきゃね」
母の号令で、私たち家族は久しく足を踏み入れていなかったホテルに集まっていた。弟は彼女連れ、私は夫とともに。
ホテルの売却が決まったのだ。購入者はアパルトマンに改築するという。
昔と同じように大騒ぎしながら、荷物をまとめる。昔と違うのは、ここはホテルではなく、滞在客はおらず、至るところに埃ばかりが舞っていること、そして、祖父がいないこと。
3階から椅子を運びおりたとき、レセプションに小さなベルを見つけた。呼び出しベルだ。私たちに世間を教えたあのベル……。
―Ring Ring…
私は奥の小部屋に耳を澄ませた。もちろん、祖父はいない。
「明日マルシェで飴を買ってやるよ」
と、ラグを引きずり現れた弟。
「チーズとワインがいいわ」
弟を手伝ってラグのもう一方を持ち上げる。了解、と弟は笑った。
テーマ; Ring Ring…