一尾(いっぽ)in 仮住まい

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10/30/2025, 1:56:03 AM

→短編・香水のかほり

 洋行帰りの叔母様が、お土産をくださった。小さなガラス瓶に黄金色の液体が入っている。
 私は光にかざして瓶を振った。瓶の中に黄金の波。
「香水よ」
 子供っぽい私の素振りがおかしかったのか、叔母様はクスクスと笑って私から香水瓶を取ると、私の手のひらの付け根にシュッと一吹きした。
「素敵な香り」
 お花の香りのような、西洋の砂糖菓子のような香りが辺り一面に広がった。心が華やぐ。
「tiny loveという名前の香水よ」
 瓶のラベルを私に示して、叔母様は私の手に再び瓶を押し込んだ。
「タイニーラブ?」
 叔母様に倣って外国語のその響きを繰り返してみたけれど、全く発音が違っていた。叔母様の発音は早回しのレコードのようで、思わず聴き入ってしまうほどに素敵。
「どういう意味ですの?」
「小さな愛というのが直訳でしょうけれど、tinyはもっと小さな……そうね、包み込むほどに小さい、かしら?」
 包み込むほどに小さい! なんて愛おしい言葉。
「では、愛の赤ちゃんですわね」
 私は生まれたばかりの弟を思い描いていた。母の手に抱かれた小さな小さな赤ちゃん。
 叔母様は「詩的ね」と、にっこり笑った。「差し詰め、初恋や一目惚れのようなものかも知れないわね」

 夜、寝具の中で、私は香水瓶を両手でもてあそんでいた。曲線を描くガラス瓶は触り心地がよく、ひんやりとしている。
 ほんの少し、天井に向かって香水を振る。タイニーラブの甘い香りが小糠雨のように降り落ちてきた。
 いつか私が恋に落ちるとき、この香りを思い出すかしら? 夢現でそんなことを思った。
 
テーマ; tiny love

10/28/2025, 11:31:36 PM

→寄る辺

いらっしゃいませ、お待ちしておりました。
お茶のお支度は整ってございます。スコーンもじきに焼き上がるでしょう。
こちらの窓際のお席をご用意いたしました。ご覧くださいなステンドグラスを通した淡い陽光の仄かな色合い。もうすぐに冬がやってまいりますねぇ。
お寒いようなら、足元にこちらのブランケットをお使いください。クッションも数種類ご用意しておりますので、ご自由にどうぞ。
ご本はお持ちでらっしゃいますか? ほぅ、ミステリ? 良いですね。
本日のスコーンのスプレッドは、クロテッドクリームにレモンカード、ルバーブのジャムでございます。他にもご入用ございましたら、遠慮なくお申し付けください。
私は次の間に控えておりますので。
では、テーブルの準備も整いましたので、私は下がらせていただきます。
ここはあなただけの秘密のティーサロン。
讀書とティータイムのお時間を、どうぞごゆっくり。

テーマ; おもてなし

10/27/2025, 1:41:28 PM

→私の心に火がついた。

原野を渡る炎が
粘菌のように火の菌糸を伸ばして
ヌラヌラと地を這う
容赦なく草花を喰らい
己のうちに取り込んでゆく

火の群れ

あなたを想う
止めどない情熱が
私の心を焦土と化す

そして、静寂
焼け野原
雪のような灰
再生
いつか何かが芽吹くだろう
幸せか、絶望か、それとも憎悪か

いずれにせよ
孤立した美しい花になるだろう

テーマ; 消えない焔

10/26/2025, 12:36:49 PM

→シートマスク、若しくは顔パック

私の顔の形が悪いことは知っている。
しかし、それにしても合わなさすぎるぜ、シートマスク。
目の位置を合わせれば、目元にシワが寄る。鼻は小鼻が隠れない。人中の長さに違和感。エラの部分がはみ出る……などなど、などなど。
みんな、そんなに小顔なの? 一番保湿したい目の下が覆えないのはなぜ? 人中が伸びた気がするのって、もしかして年齢?? 
終わらない問いを繰り返し、肌の上に収まってくれないシートマスクをペタペタ触る。

テーマ; 終わらない問い

10/26/2025, 12:14:41 AM

→狭いながらも楽しい我が家

毎年今の時期になると、オーストラリアのメルボルンにある、とあるビルの上階の外壁の張り出し部分にハヤブサが営巣する。都会のハヤブサ。
彼らの子育ての様子が、約3ヶ月ほどYouTubeでライブ配信される。カメラは固定されたものなので、彼らのありのままの様子を観ることができる。
カップルだった2匹に卵が産まれて親鳥になり、その卵が孵って雛が産まれる。今年は3つの卵が孵化した。
親鳥はせっせと餌を運び、雛たちはソレをついばむ。しかしまぁ、そこは猛禽類なので、ピヨピヨちゃんでも肉の塊にかぶりついているので、可愛さとグロテスクさの入り乱れた画面となる。なかなか「オゥ……」な弱肉強食社会。生きるって過酷で、生きてるって素晴らしいと思わせてくれる。
幼い毛玉たちは、あっという間に大きくなってゆく。ポワポワ綿羽で親鳥のお腹に守られていた日々などあっという間に終えて、動き回り始める。ヨチヨチ時代は、動いてその場で力尽き、親鳥にピックアップされる。親鳥の尖ったくちばしで雛の首元を咥えるので、観ているこちらはヒヤヒヤだ。
今ではすっかり大きくなって、雛たちは張り出し部分を動き回る。右へ左へ。3匹はだいたい固まって動くので、もつれて、踏み合って、乗り越えてと大騒動になることもある。
これからはさらに成長して、羽根を広げるようにもなってゆく。飛ぶ練習が始まると、さらに蹴ったり蹴られたり、踏まれたり、羽根にあおられたりのワチャワチャ感が高まってゆく。
親鳥は一段高い場所で見守ることもあるし、餌を持って帰って大きくなった雛たちに揉みくちゃにされることもある。
まさに狭いながらも楽しい我が家。
ビルの上階は、きっと風が強かろう。都会暮らしのハヤブサ一家は、強い風に羽根を揺らして今日も元気に暮らしている。

テーマ; 揺れる羽根

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