〈モミノキ〉
人間さん、こんにちは。
今日はどうも、どこかに迷い込みたくなる朝ですねぇ。
空は私達の上だけくり抜いたように雲が履けて、雪は舞い、風は手を引くように、攫うように吹き荒れている。
どうも困ったものですねぇ。
子供たちは冬休みですか。
聖なる夜で心躍らせていた人間の、昨日の喧騒はどこへやら…。
人間どもの見世物にされるのもかんがえものです。
街は静まり返って、世界は終末を迎えたかのように澄んだ空気。
狐に化かされていたかのように日常に戻った街の、微かに昨日が現実であったと証拠づけるのは、あと365日は使われることがないであろう灰色に曇ったイルミネーションの死骸と、ひっそりと脳の片隅に残る浮かれた音楽だけ。
どうも皆さん切り替えが早いようで。
私どもも、またひっそりと生きるとします。
ごきげんよう。
〈もうひとつの人生〉
古本をめくった。
世界で自分だけが息をしているような、静かで途方もなく寂しい夜だった。
コーヒーの香りがした。温かくて、切ない香り。
前の持ち主によってつけられた香りだろうか、少し泣きたくなった。
こんなに香りが染み付くまで読まれて、愛されたのだろう。
前の人は、この本とどんな人生を過ごしただろう、私のように孤独を共に耐えしのいだかもしれない、幸せを感じながら癒しのひと時を過ごしたかもしてない。
古本をめくるのが好きだ。
時にはスイーツみたいな甘い香り、時には少し埃っぽいタバコの匂い。
古本の香りというのは、本と一緒に、もうひとつの物語を見せてくれる。
どんな人生でも、どんな失敗が続く日でも、まだもう少しだけ生きられる気がする。
〈青空の復讐〉
雲ひとつない青空を見て、死のうと思った。
この綺麗な世界に、私がいるのは間違えていることのように感じて。
私だってそこらの人間と変わらないはずだけど、最近どうも他の人と違うような気がして怖い。
それは決して、高嶺の花を気取っているだとか、周りより浮いているって言う訳では無い。
それだけならどれほど良かったか、
人間として生きていくのには向いていない
様な気がしてならない。
世間的に当たり前と言われている事が、
どうも難しい。
「当たり前の事を当たり前にやる事は、意外と難しい」
とかそうゆうのではなくて、
いわゆる一般常識と言うのだろうか、
例えば、社会人が書類の提出を間に合わせる
だとか、学生が家に帰ったら宿題をするとか
の、本当の当たり前が出来ない。
神様の間違えで人間の形にされた何かなのだろう。そう思いたい。
神様はこの青空の何処にいるのだろう、見つけたら一発
ぶってやる。
そして聞き出したい、なんで私なんかを作ったのか、こんなに醜い人間にしたのか、
ただの気まぐれだったら許さない。
なんの罪も無い青空を睨みつけて、
空を歩き出した。
(空はこんなにも)
〈醜い好きが続きますように〉
今持っている感情が、愛か、恋か、それともただの滑稽な欲なのか、分からなくなる時が増えた。
これはブッタの言葉なのだけど、
「花が好きだというとき、あなたはそれを引き抜くだけでしょう。しかしあなたが花を愛していれば、毎日水をやるでしょう」というものだった。
これを聞いた時、初めて愛と恋の違いにしっくり来た。
だから驚いた。恋にも愛にも当てはまらない好きの感情があることに。
ここではその感情のことを恋と記しておくけれど。
私は恋をしたのだ、遠い遠い時代を生きた文豪に。
文豪のファンはよく聞くが恋をしたのは私が最初だろう。
どうしても惹かれてしまったのだ。文字に。言葉に。
少し悪い癖に、酒癖が悪いところに、誰よりも女々しくて情けないところにでさえ。
私はあの人が好きだから同じ言葉を使う。
私はあの人を愛しているから何度でも文字をなぞる。
同じ時代に生まれて出会っていても、恋はしなかっただろう。今だから、どうやっても出会うことの出来ない今だからこそ、私はあの人に惹かれたのだ。
さっきから私は、恋だの惹かれただの言っているが、
実はまだこの感情の名前がわからない。
名前の無い感情に恋するという表現を使っただけで、恋では無い事は確かな気がしている。
ただひたすらに好きなのだ。愛でも恋でもないだけで。
きっとブッタも混乱するだろう、こんな感情があったことに。そしてどう名前をつけるのだろうか。この感情に。
恋とも愛とも違う、叶うわけが無い、切なくて寂しくて少し滑稽なこの感情はどう片付ければいいのだろうか。
ただ皮肉なことに、収集がつかず壊れそうなこの感情を、今日もあの人の言葉で、何とか生かし続けるのだ。
(恋か、愛か、それとも)
(未知なる幸福)
まだ知らない世界に行きたい。
今生きている世界は、狭くて窮屈で、学校では到底上の成績を摂ることは出来ないし、認めて貰えることもない。
いつになったら輝けるのだろう。
私の中の何かが助けを求めていることしか分からない。
無理か、自分でも「私」という生物への理解が及ばない今、未知なる世界へ希望を見出すのは。無謀だ。
もしかしたら希望を持って生きることをやめた時、本当の輝きが、まだ知らない世界を見ることが出来るのかもしれない。
(まだ知らない世界)