"あなたに届けたい"
ずうっと、自覚していた。
あなたを見るたび、沸々と湧き出すこの感情に。
けれど、押さえ込んで蓋をしていた。
叶うはずのないものだったから。
けれども、感情を抑えているとどうにも恍惚として
あなたを見ていると、どうにも我慢が効かなくなるのに
あなたから目を逸らせない。
狂った愛情と狂おしい殺意、受け取ってくれるはずでしょ
こんな感情を教えた、あなたが悪いのよ。
"最愛の…"
急啓
涙の冷たさを知りました。
あなたの呼吸と、鼓動が止まった時
私はあなたを抱き締めていました。
私の腕の中で、あなたは動かなくなりました。
何より早く震え、動いている私の呼吸と、鼓動につられて
止まったあなたが動き出せばと願いました。
止まったあなたに引きずられて、私の呼吸も鼓動も
止まってしまえばと願いました。
何より大変だったのは、あなたのいない朝に慣れること。
随分あなたが甘やかすものだから。
寒い布団を畳むのが億劫になってしまった
ぼんやりとした頭の中であなたを見る朝が、こんなに尊いものなのだと知ってしまいました。
あれから作るご飯はいつも多くなってしまう。
広くなった家で、ふとした時にあなたの姿を探してしまう。
あなたがまだいらっしゃる気がしてたまらないのです。
朝起きてから覚めてもいない目を必死に開いて、
何もない隣を探っている。
憐れな私はおもしろいでしょう
あんなに温かくて、心地よかったはずの家の中が
冷たく、私を放り出そうとしてくるのです。
どうか、早く迎えに来てください。
そんなことを言っては、あなたは怒りますでしょう。
それでもいい。本当にそれでもよいのですから
どうか、また私に会ってください
私はずっと、お待ちしてます。
草々
ぽつぽつと手紙を濡らす雫を、袖で乱暴に拭い取る。
こんなものを書いて、どうするという?
けれど、どうしても諦めきれないのです。
私はもう一枚の紙を掬い取り、はじめに拝複、終わりに拝答と筆が乾かぬうちに書き上げる。
4文字だけ書かれた情緒の無い紙と、先程の哀れで無様な手紙
2枚の手紙を包み、それだけを持って雨に打たれ出た。
"街へ"
冬の真っ只中、全財産と少しの荷物を小さな鞄に詰め込む。
ピッと機械音が右側で響いて、さっさと歩みを進める。
ぶわっと空気が吹き込んで、コートが翻る
何度この風を感じても慣れる気がしない。
扉の左側に立って、降りる人を待つ
田舎の始発列車
車内は人気がなく座る場所も、選び放題。
入ってすぐの席に腰掛けて、横の壁にもたれかかる
外はまだ暗い
アナウンスがあった後に空気が漏れ出すような音を立てながら壁の向こうの扉が閉まるのを感じる。
ほんの少しして、揺れ出す。
携帯を取り出して触る気にもなれず、ただ誰もいない向かい側の窓を眺めるしかなかった
ほんの少しの赤を携えた空はあんまり綺麗で、つい惚れてしまいそうになるから
ひとつ咳をして、意味もなく膝の上に置かれた鞄のチャックに手を伸ばす。
触って、握って、滑らせて
開けることもせずにただ子供のように手遊びをしている
まだまだ、到着にはかかりそうだ。
"優しさ"
人と触れ合っていると、優しいと言う言葉すら凶器だと思うことがある。
人に無意識ではもちろん、意識的に優しくできる人が羨ましいし、心から尊敬していると思ってる。
そんな人に笑いかけられて優しくされたら、感謝の言葉を告げて少しの間呆然とする
かっこいいと思って憧れたり
気が利かないやつと思われた気がして落ち込んだり
何にもなさそうな顔して頭の中では言葉が飛び交い続ける
考えすぎなんだとわかってはいるけれど、きっとそうしていた方が落ち着く。
そして、「優しいね」と言われた時が地獄である。
前は素直に受け取れていたはずの言葉が、鋭い凶器になり代わり私ごと突き刺して固定する。
身動きが取れなくなって、だんだん悲しく、切なくなってくる。
褒め言葉のはずのふわふわした優しい言葉が
こんなに苦しいものだったなんて。
ごめんなさいと謝りたくなって
ぎゅうっと頭の中を締め付ける。
肺が酷く震え出して、分不相応にも泣き出したくなるから
私は、優しさなど扱いきるに相応しくない。
"ミッドナイト"
君の想い人は私では無い。
よくわかる。
君をいつも見ているから
けれど君の想い人は、私のそれ以上に君のことを見ているし知っている。
君が恋をしていることを、私は知っている。
私と同じ目をしているから
それが、叶わぬものだということも
ならば私にすればいい。
想い人を映す君の瞳ごと、私が奪ってしまえれば
願った。願い、願い、祈った
終ぞ、叶わなかったが。
暗く暗い中、枕に顔を埋めて
カチカチと明日への秒を刻む時計の音を聞いていた。