日曜日。午前8時頃。
普段この時間のこの公園では、通勤途中の人々がみんな駅に向かうため歩いている。
私も毎朝、自宅付近のこの公園を突っ切って駅に向かう。そして今日も。
休日出勤はそう珍しいことではない。だけどやっぱり、できることなら休みに仕事をするなんてしたくない。そんなことを考えながら公園を歩く。
木々に囲まれた道。木漏れ日が足元を照らしている。風で木々が揺れる度、まるで波のように足元のアスファルトの色を変化させる。
私は、この朝の時間はそんなに嫌いではなかった。風の音しか聞こえないような、まるで私一人しか世界にはいないような感覚。
日曜日のこの時間には、平日のこの時間にない空気がある。
公園の出口が見えてくると途端に名残惜しくなる。永遠なんてやっぱりないのだ。
次の休みは何をしようか、そう考えながら、私はまた日常に戻っていく。
お題:木漏れ日の跡
逆さまの振り子時計がいつもと同じ速さで時を刻んでいる。
団らんを賑わせていたテレビは、いつの間にか反射した部屋を映していた。体を温めていたこたつも、こうやって眠るだけならその余熱だけで十分だと感じる。
時計の針がてっぺんを差したとき、20歳の誕生日の終わりと同時に、20歳の人生の始まりを告げる。
ついこの間、俺が一人暮らしを始めるまでは当たり前だった家族で囲む食卓の途中、
「お父さん、あなたとやっとお酒が飲めるって楽しみにしてたのよ」
と母は静かに告げた。照れ隠しだろうか、いつもより少し上機嫌に見える父を見つめながら。
俺の実家は商店街の一角にある小さな商店を営んでいる。昔より寂れてしまったが、それでも地元の客がそこそこ訪れる店だ。
小さい頃は当たり前のように店を継ぐものだと思っていた。今考えてみるとあの頃の俺は純粋に、いつまでもこの店が存在すると思っていたんだ。
「俺、大きくなったらもっと大きくて、もっとたくさんお客さんが来る店にしてみせる」
そう疑いもせず言っていたっけ。
あの時父は嬉しさが混じっていながらも、真剣な面持ちで
「悠真、お前はお前のしたいことをすればいい。」
と言っていた。
大人になったと言ってもまだ1日目。まだ数分後の自分に答えは出せそうにない。正しい答えかどうかはわからないけど、この約束と呼べるかもわからないただの思い出が、今でもずっと胸に残って離れなかった。
お題:ささやかな約束
村から山へと続く小さな細道。その脇に、昔からお地蔵さんが立っている。
小学生の頃の夏休み、私は祖父母の家に預けられていた。
祖父は毎朝、この場所に行くのが日課だった。お地蔵さんの周りを綺麗に掃除したり、お供え物をして何かをお祈りしていた。
私は毎回それを見て、祖父を真似て手を合わせていた。
ある時私は尋ねた。
「じいちゃんは毎日、お地蔵さんに何をお祈りしているの?」
すると祖父は、
「大切な人がいつまでも、どこに行っても、幸せで居られますようにと手を合わせているんだよ。」
そうやっていつもと変わらず目を細めて答えてくれた。
私は当時、「願う」という行為は、何かが欲しいとか、学力の向上とか、自分のことばかりが思い浮かんでいた。
正直、祖父の話を聞いても、人のために願いたいという感覚は分からなかった。
今でもあの夏の日々を思い出す。
そんなある日、
コンコンとノックの音が聞こえた。しばらくすると、
「山本さん、お孫さん達がいらっしゃいましたよ。」
と言う声とともにドアが開いた。
するとすかさず
「おじいちゃん!」
と言う元気な声が響いた。
見慣れた窓から見えるイチョウの葉。気がつくとほとんどが黄色く染まっていた。あの葉がすべて染まるころには、当時の祖父の祈りの気持ちを、私は理解できているのだろう。そう静かに確信している。
お題:祈りの果て
ハンバーグ、ドリア、いや、ミートソースパスタも捨てがたい…
「ゆっくり、好きなのを選べばいいよ」
とあるファミレス、真正面に座る親友の美佳が言う。
いつものことながら申し訳なく思いつつも、さすが親友、私のことを良くわかっていると感心する。
昔から私は優柔不断だった。
ファミレスのメニュー、買い物、進路選択。何かを決めなければならないとき、私はいつも心の迷路で彷徨ってしまう。
こういうときは「好きなもの」とか、「今の気分で」とか言われるけど、結論はどの食べ物も好きだし、どの食べ物も今の気分に当てはまるのだ。
とはいいつつもどれを選んでも正直後悔することはないのだろうと思う。時間がかかるかもしれないけど、迷うことは悪いこととは思わない。
美佳には申し訳ないけど…
私は心の迷路の中で、今日もゆっくり進んでいる。
お題:心の迷路
カシャリと響く音がした。
長年使っていたティーカップを、不注意で落としてしまった。
正直、お気に入りというわけでも、贈り物というわけでもない。
一人暮らしを始める時に、自宅近くの小さな雑貨屋さんでなんとなく購入したものだった。
あまりに突然のことで、しばらく立ち尽くしていた。
割れてしまったティーカップを見下ろすうちに、
私は体の一部を失ったような、
だけどどこか腑に落ちるような、
それでもやっぱり、
心の一部が空いてしまったような気がした。
不思議なもので、ティーカップの落ちる瞬間は、一瞬のようにも、とても長くも感じた。
長年使っていただけの、特別というわけでもないティーカップ。
これから私が大学を卒業して、就職して、色々な出会いがある中で、後何回、この「長い一瞬」を経験するのだろうか。
その時の私は、涙を流すだろうか。
それとも、静かに受け入れるのだろうか。
今言えることは、私はこのティーカップに、とても愛着が湧いていたということだけだ。
お題:ティーカップ