雪が溶けて、世界に緑がやってくる。
「タイチ、早く! 遅いってばー!」
「待ってよ、ソラちゃん!」
幼馴染二人が慌ただしく駆けていく姿を、ぼくは一人後ろの方でゆっくり歩きながら見守る。
今日は日曜だ。町のボランティア団体のおじいちゃんおばあちゃんと一緒に、公園の草むしりを行う日。集合時間は昼食を食べてから少し後の二時頃⋯⋯のはずだけど、気合十分な二人と、そんな二人に連れ出されたぼくは、時間よりもうんと早く来ている。
「わっ、草ぼーぼー!」
「ホントだ!」
「そりゃあ、ずいぶん長い間、放置されていたからね」
公園の入り口まで辿り着き、驚く二人に、ぼくは後ろから声をかける。
「わたしたちで抜くぞー!」
「おー!」
「全然聞いてないなぁ」
しょうがないか。
張り切る二人の後に続いて、ぼくも公園に飛び込んだ。
そんなとある春の日の、一ページ。
「つくしみつけた!」
「わたしなんててんとう虫みっけたもんねー!」
「二人とも、ちゃんと草抜いてる?」
「「うん!」」
「返事だけは良いな⋯⋯」
美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい美しい⋯⋯美しくなきゃ。
周りから後ろ指を、刺されてしまう。
(妄執)
ティーカップに紅茶を注いで、スコーンを並べたら、楽しいティータイムの始まり始まり。
「でもあなた、紅茶飲めないじゃないの」
「⋯⋯午後ティーなら飲めるから」
「ねえ、俺とデートしない?」
「お待たせいたしました、ブレンドコーヒーです。注文は以上でよろしかったでしょうか? それではごゆっくりお過ごしください」
「きみの淹れてくれるコーヒーを、毎日飲みたいな」
「そのコーヒーは、うちのマスターが淹れたものです」
「きみは相変わらず冷めてるね」
「冷めないうちにコーヒーをお飲みください」
「全然会話にならない! 俺の言葉の一部を切り取ってそれっぽく返答してくる⋯⋯」
「なんだ、またやってんの?」
「あ、マスター。娘さんを、俺にくださいな!」
「別にいいよ。古くなったから、買い替えようと思ってたし」
「えマジで!? いよっし!」
「店内で大きな声を出すことはお控えください」
「ガールちゃん⋯⋯俺と、結婚してください!」
「なにを仰っているのかわかりません。俺と血痕にしてくなさいで検索しますか?」
「しないし言ってないよ、そんなこと!!」
「配膳用ロボットにプロポーズって⋯⋯なんで唯一の常連客があんなんになっちゃったのかねぇ⋯⋯」
―――パラレルワールド売り〼
そこは現実か幻か。
どこまでも続く白い部屋の中央には、重厚なテーブルと荘厳なチェアが置かれており、そこに一人、仮面を被った素性のわからぬ男が座っていた。
男はただ一言。
「パラレルワールド売ります」
パラレルワールド。
こことは少しだけちがう、もしもの世界。
あのとき、ああなっていれば。
と、そんな願いが叶ったかもしれない世界。
そんな世界なら、もしかすると。
生まれるのが、一日だけ早いかもしれないし
プリンを買ってきて、だなんて駄々を捏ねないかもしれないし
もう少し早く、気になるあの子に告白できていたかもしれないし
電車が遅れなかったかもしれないし
上司に反抗できていたかもしれない。
ああ、その世界はなんて、幸福に満ちていることでしょう。
「―――買います」
と、気づけば口が動いていた。
「毎度ありがとうございます。それでは―――貴方の世界との引き換えとさせていただきます」
ぐにゃりと視界が歪んだ。
そこは現実か幻か。
どこまでも続く白い部屋の中央には、重厚なテーブルと荘厳なチェアが置かれており、そこに一人、仮面を被った素性のわからぬ男が座っていた。
男はただ一言。
「パラレルワールド売ります」
パラレルワールド。
こことは少しだけちがう、もしもの世界。
あのとき、ああなっていれば。
と、そんな願いが叶ったかもしれない世界。
そんな世界なら、もしかすると。
生まれるのが、一日だけ早いかもしれないし
プリンを買ってきて、だなんて駄々を捏ねないかもしれないし
もう少し早く、気になるあの子に告白できていたかもしれないし
電車が遅れなかったかもしれないし
上司に反抗できていたかもしれない。
ああ、その世界はなんて、幸福に満ちていることでしょう。
―――けれど。
「私、猫を飼っているの。会社の帰り道に拾ったのだけれど、酷く弱っていたし、おまけに人間嫌いのようで、中々懐いてくれないの。―――けれどね、最近やっと、触らせてくれるようになったのよ。
だから、買わないわ」
「猫は、貴方より早く寿命がきてしまう。そうなれば、貴方はまた、独りになってしまわれます」
「そうね。もしそうなったら⋯⋯それは、またそのときに決めるわ」
「⋯⋯そうですか」
そうして、今夜は店じまいとなった。
そこは夢か幻か。
いつ開かれるかもわからぬ白い部屋。
次に開くのは、いつになるやら。
―――誰のところになるやら。
(パラレルワールドのパラレルワールドのパラレルワールドのパラレルワールドの⋯⋯⋯⋯)