四季が風に乗ってこの街を七度巡るあいだ、私は静かに自問し続けた。捗々しい答えは見つからず、ついに我々は通い慣れた学び舎の門を背にし、互いの新世界が待つそれぞれの方角へと飛び立った。
私に君の友たる資格はあるか。
読んでみなよと君が投げて寄越したスタンダールの表紙は真新しい光沢を放っていて、この一冊は私のために用意されたのだと分かった。君はきっと、そう君もきっと、一人静かに考え続けていたのだろう。
貴方に僕の友たる資格はあるか。
いつ叶うのか判然しない幽かな希望を自らの陰に仕舞いこんだまま、遠慮がちな若者二人は等しい温度で敬慕しあい、しかし、その温かさが届かない位置まで同じ距離感でもって遠ざかりあっていたのだ。
友達になりたいと思ってなれるものならば。
もう二度と会えないところから、これほどの距離と時間と思いを隔てて今なお、私が君を忘れることなく在るように、君も私への思いを失っていないし、互いにそう確信していることさえ、また互いに理解している。
我々の友愛は実に、信頼に足る強さだったのだよ。
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「友達」
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所感:
スタンダールはいつ読んでも有意義ですができるなら十代のうちに手に取って、私と同じように人生観捻じ曲げる若者が増えればいいと思います。
所感の所感:
上の文だけ読むとひどい作家なのかと勘違いされるかもしれんと思い至りました。真っ直ぐ読む人も、斜に読む人も、読んだつもりの人も、読んだフリの人も。本の感想は読者の数と同じだけありますよ。
(2022/10/30追記)
「行かないで済むなら何だってしよう」
「本当に?何でも?」
「俺に二言はない」
あまりに堂々と宣言されたので悪戯心が湧いた。
「三回まわって、お手!」
「な、なんだと…」
「何だってするんでしょ?」
「くっ…」
いかにも渋々といった顔でゆっくり3回ターンすると、彼はそっとこちらに手を差し出してきた。
うちのタロウくんは本当にお利口さんだ。
犬語と人間語をほぼ完璧に解析し相互翻訳できるinuPadは、世界で爆発的に普及した。愛犬と会話したいという人類の悲願がついに叶ったのだから当然だ。
日本語は初期から対応言語に含まれていたが、第9世代の最新OSでは方言や性別、役割語の各要素がオプションに追加された。この新機能は発表直後こそ本人(本犬)の人格(犬格)を損ないかねない醜悪な擬人化ではないかと賛否両論だったが、結局今に至るまで大した修正なくサポートされている。
そんなわけで、うちのバセンジー、タロウくんは
【一人称:俺/語尾:~だ、~である/役割:武士】
と設定されたinuPadを首に巻き、毎日私たちと格好良くおしゃべりしてくれる。
「今日は病院には行かないよ」
「かたじけない」
「訪問医の先生が来てくれるからね」
「…主!謀ったな!」
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「行かないで」
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所感:
inuPadが欲しいです。
病院に行きたくない子をなんとか説得したい(こちらが絆されて諦めるほうがありえるかも)です。
コンシェルジュデスクのタッチパネルには、来週以降の予約状況が映っている。何頁スワイプしても、どこまでも続く青い空室表示に思わず溜息がこぼれる。
ホテルリバーサイドサンズが従業員総出で最後の宿泊客を見送ってからあっという間に1週間経った。ハウスキーパーやポーターはとうに解雇され、フロントを預かる私と総支配人の二人だけが後始末のために居残っている。
「あんなに辛かったのに去年の忙しさが懐かしいです」
「ははは、君、部屋が全然足りないとボールルームに布団を運びながら泣いてたじゃないか」
「それでも誰も来てくださらない今よりましです」
人類が最後の戦争を起こして2年。
生き残った人間はもうおらず、つい先日、地球の生命は全て息絶えた。三途の川を渡りに来る魂はこの地上から消滅してしまったのだ。
そしてもうこの星には魂の戻れる場所がない。
「そろそろ私達も引き上げますか」
「地獄へ戻るんだ。引き上げじゃなくて引きこもりさ」
「その獄卒ギャグ受けませんよ」
別の時空の新たな星でまた命の土壌が育まれ、輪廻の道が再び開かれてこの川を訪れる魂が現れるまで五十六億七千万年。
ま、それまでちょっとしたバカンスは楽しめるかしら。
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「どこまでも続く青い空」
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所感:
お題をどこまで斜め上に大喜利できるか挑戦。もっと気楽に日記みたく書きたい気持ちと、せっかくなら新しいことを試したいという気持ちがせめぎ合う毎日です。
「コロモガエ?」
「衣…seasonal change of clothes…あと何だ、
reorganize one’s wardrobe、分かる?」
「小さな分かる」
「"少し"分かる」
「スコッシ分かる」
そういえばンㇽバヤが越してきてまだ二か月。これが
初めての秋だ。彼女は長袖の服を持っているだろうか。
「ンㇽバヤ、故郷に四季はあった?」
「昔ある…あった。今はない」
窓越しに揺れるイチョウの黄色を眺めながらvivid colourいいねと呟く姿は私達と何ら変わりない。
それはそうだ。系外惑星出身の銀河難民がここで暮らす条件には地球人への擬態も含まれていた。
「地球のfallout shelterは、四季があると教えられた。だから、今、楽しい」
「それは良かった」
最後に地上で落ち葉を踏んで歩いたのは3年半前。私の子供も本当の季節を一つも知らない。
けれど、スクリーンパネルの調光は確かにやわらかな秋の日差しを再現していて、これが現実でないとはもう思えない。ちりちりと風に舞うイチョウの葉は私の不安を覆い隠すように静かに降り積もっていく。
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「衣替え」
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所感:
自分自身がカッチリした衣替えとは縁の無い暮らしなので、「衣替え」を知らない人のことを書いてみようと思った結果、なんちゃってSFになりました。
「本当に感極まってしまったというんだね」
「……」
「だからって声が枯れるまで泣かなくて良かったろう」
「……」
「蜂蜜茶を用意しておいたから、飲めそうなら飲んで」
「…ぁぃ」
昨日、泣き女のバイトを2軒回ってきた。こちらは副業にしているつもりもないのに、絶叫具合が上手いからと斎場や先輩つながりで時折お呼びが掛かる。
家族より、友人より、知人より。
見ず知らずの他人を悼むほうがよほど「上手く」泣けるというのは、一体どうしたことだろう。
ただここに横たわる一人の人間が居なくなった世界の、私にとっての変わりなさが、そう、ただどうしようもない悲しみを呼ぶのだ。
同じように、もし私一人が居なくなったとしても、この地上に生きる190億の人間の日常にとって何も変わりはないだろう。そのことを悲しいと思ってくれる人はいるだろうか。一人の人間の小ささを、憐れんでくれる人はいるだろうか。
いつかあなたはどれほど悲しんでくれるだろう。
いつか私はどれほど悲しむことになるのだろう。
そんな思いに捕われて昨日は現場で身も世もなく泣き叫んで帰って来たのだ。2軒目で対面した遺影があなたと年恰好の似た姿だったから、きっとそれでうっかり余計なことを考えすぎてしまったのだ。
…などと一言だって伝えなかったのに(物理的に声も出ないのだけれど)、しょげた顔を見せただけであなたには何かが伝わるらしい。何も訊かれずとも届く優しさに、今は少し甘えることにした。
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「声が枯れるまで」
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所感:
実生活では、声が枯れるのは風邪のときぐらいです。そこまで泣いたり歌ったり叫んだりすることはなかったので、シチュエーションを考えるのが楽しかったです。