そんじゅ

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11/10/2022, 2:12:53 PM

「思い出とか脳裏に浮かんだり、する?」

ふと気になって、うちのヒロさんに聞いてみた。

「脳裏ですか。漢字では脳裡とも書き、頭の中または心の中という意味ですね」

間を置かず、彼は語義から真面目に確認してくる。
「ヒ」ューマノイド「ロ」ボットだから、ヒロさん。
父の命名は安直だったけど悪くない名前だ。

「残念ながら私の頭部には動物でいう脳に該当する装置がありません。ゆえに脳裏も存在せず、存在しない部位において映像や音声等の情報展開は不可能です」

予想外の答えにヒロさんをまじまじと見る。
いやどこをとっても見た目は人間だよね。

「え、脳…ないの?」

「はい。今お嬢さんは私の顔を注視していますが、この頭の内部のほとんどは、眼球と耳殻の視聴覚機器そして人工声帯の制御装置で占められています」

「ああ…なるほど。そしたらひょっとして記憶装置は胴体に置かれているとか?」

「ご明察です。胸郭内部に記憶装置があり、その中心部で知覚統合処理がおこなわれています」

ヒロさんは微笑みの形に口角を上げた。
ゆっくりと自分の胸に手をおいて、お嬢さんの思う答えとは違いますがと前置きする。

「私が思考するとき、ヒトの心臓があるべき位置で記憶や感情が行き来します。お父上はそのように私を設計されました」

彼はもう一度、今度はにっこり大きく微笑んだ。

「つまり私の心の在り処はここなのです」

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「脳裏」


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所感:
脳裏ってどこだろうね?という疑問から、脳裏のない存在について考えていたら初めてネームレスじゃないキャラクター「ヒロさん」が爆誕してしまいました。

11/9/2022, 11:08:31 AM

生命力旺盛だったゴーヤの葉もついに色褪せた。
そろそろネットを片づける算段をしなくては。

あれは春の話だ。

グリーンカーテンっていうんだって、そういうの。葉がいっぱい茂れば家の日除けになるし、実は食べられるし、毎朝世話するから早起きできるようになって、これぞ一石三鳥。私がんばるから!

…と、皆の前で決意表明したのが良かったのだろう。

お陰ですっかり朝型の生活が身についたのには我ながら驚いている。そして確かにこの夏じゅう、空調の設定温度を去年ほどには低くせずに済んだ。

収穫だって今年初挑戦とは思えないぐらいの量で。
毎朝、たとえ午後から雨の予報だったとしても「土の乾燥ぐあいからいえば、今水やりしても意味がないことは無いでしょ」なんてそれはそれは懸命に世話をした甲斐もあったというものだ。

それに予想外の収穫はゴーヤだけじゃなくって。

あなたが私の家庭菜園話を面白がってくれたこと。
実ってるところを見たいと部屋に来てくれたこと。
はりきって作った料理を、沢山ほめてくれたこと。
あなたのためにレシピを10種類も開拓できたこと。

来年は一緒に育ててみたいって言ってくれたこと。


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「意味がないこと」

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所感:
こんな薄ら可愛い終わり方にするつもりはなかったんです。書き始めた時は「一石二鳥どころか一石八鳥」とかこの主人公に言わせてドヤ顔させたかっただけなのに。

11/8/2022, 5:47:31 AM

「解けた!」
「本当に?」

このやりとりも、もう何度目だろう。
カップル割が効くからと無理やり脱出ゲームに付き合わされて、しかも半日がかりで未クリアって。
そろそろ冷たい顔でもしてみせようかと悩み中。

「被害者が何故わざわざ平仮名で書き残したと思う?」
「…さあね」
「アナグラムに挑戦しろってことだよ」
「…へぇ」

いや見てくれよ、と彼はメモをめくる。

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あなたとわたし

anatatowatashi

onihasawatatta

おにはさわたった

鬼は沢だった
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「なあこれ完璧じゃね?犯人は沢!」
「だ、濁音が気に入らない…」
「そこは言葉のアヤだって。よし、入力!」

入室時に渡されたタブレットを操作した直後、聞こえたのは本日5度目の間抜けなブザー音だった。

「違ったか…」
「ねぇ本当に脱出できる?」
「お、おう!任せとけ!」

本当にわかってる?
貴重な休日、君と否応なしに二人っきりなんてシチュが嬉しくなかったら、とっくに怒って帰ってるよ。


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「あなたとわたし」

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所感:
今日のお題、何故に平仮名?という素の疑問からどれだけ斜め下へ掘って行けるか検討した結果がこれでした。回文も試してみたけど無理でした。回文は難しい。

11/7/2022, 1:40:24 PM

夜半に吹き荒れた雷雨はようやく収まりはじめた。

今、私の耳を揺らすのは、木々を伝って落ちる柔らかい雨音だけだ。私は森の動物達と一緒に洞窟へ飛び込み、風と雷鳴に怯えながら朝を待っていたのだ。

稲妻が空を駆けるたび、動物達の瞳は暗闇の中でギラリと光る。暴れる者は一匹もおらず、狭い空間で静かに肩を寄せ合った。朝がきて明るくなればここから出よう。

これは、嵐の森を逃げ惑う哀れな迷子の物語。


…と。そう思って。思って強く、思い込んでみた。

メルヘンチックな現実逃避に成功した私は、死の恐怖もドラマチックに克服しつつある。

ここは森の洞窟で、ロッカーの中じゃない。
これは森の動物で、着ぐるみの制服じゃない。
あの光は雷光で、殺人鬼の掲げたライトじゃない。
あのうるさいのは雷鳴で、銃声なんかじゃない。
これは雨音で、したたる血溜まりなんかない。

朝になったらここから出よう。

朝になったらここから出たい。

朝になったらここから出よう。

…ああ、あの光は朝焼けかな。

今ならここを逃げ出せるかな。


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「柔らかい雨」

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所感:
好きなタイプの素敵なお題だったというのに、好きすぎて駄目な方向にしか話を考えられませんでした。夢見たまんまバッドエンドです。

11/6/2022, 9:52:42 AM

「えっ、また勝ったの!ってアタリマエか」
「さすが戦一筋の光の戦士サマだ」
「何ナニ?常勝って言葉、地味にストレス?」

英雄だって人間だ。
誰にだって出来ることと出来ないことがあり、僕が英雄と呼ばれるようになったのは、ただ自分に出来そうなことばかり選んできた結果でしかない。

英雄だって所詮は人間だ。
あんまり誉めそやされると居心地が悪くなるし、褒められてるのか嫉まれてるのか分からなくなると、ちょっとした反抗心に駆られてしまう時もある。

人間は結局人間でしかない。
だから。もう少し頑張れば僕だって世界を掌握できるって、気付いたのが間違いだったんだ。やれば出来るんだからやってみよう、なんて気軽な悪戯心。

光はその裡へ常に闇を包んでいる。
英雄もいつだって魔王になれるんだ。

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「一筋の光」

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所感:
ハハハこういう闇堕ちは気軽で良いですね。笑い事か。
「推し一筋」「嫁一筋」「研究一筋」などなど、お題に色んな単語を足してみた結果、光の戦士になりました。

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