大好きな貴方の視線の先には
いつも青いドレスを着たあの人がいた
美しく儚げで目を離したら消えてしまいそうで
私がどれだけ可愛らしい衣装を着て
どれだけ貴方にアピールしても
あの人に与えられた愛の一欠片さえ
私に注がれることはない
ふと顔をあげると目に入るのは凍てつく鏡
そこに映るばかみたいに着飾った自身の姿
なんて醜いんだろう
あの人に勝てるはずがない
私は瞬間的に鏡を叩き割って
バルコニーに飛び出して月を見上げた
私にとってあの人はまさに月のような存在
あんなにはっきりと光り輝いて見えるのに
手を伸ばしても、決して届くことはないの
あの人に恋をした貴方の心も
決して私のものにはできないの
闇が辺りを包む頃、空は美しい輝きに包まれる
ある人はこの地を"願いの揺り籠"と呼んだ
新月の夜、もっとも強い願いを夜空に祈れば
自らの命を代償にそれは現実になるのだと
古くから語り継がれているからだった
この言い伝えを信じる者はもういない
そんなのは非現実的だと誰もが言う
だけど私は、この言い伝えに縋っている
どうしても助けたい人がいるのだ
その人はいつだって私を肯定してくれた
私の存在は無価値なものではないと
自分には太陽のように輝かしいと言ってくれた
そんな貴方は眠りについたまま
いつしか目を覚まさなくなった
だから私は月の隠れた夜空に祈る
暗い世界に閉じ込められた貴方を
陽だまりへ呼び戻す道標、一番星になるために
私はどうやらここまでのようだ
直に炎がこの身を包み
痛みに悶え苦しみながら人生を終えるだろう
私を糾弾したのは心から愛した人だった
最後に笑顔を見たのはたった数日前
永遠の幸せを願って綺麗な花束を贈った
貴方は涙ぐんでお礼を言って私を抱きしめた
ずっと私を愛してくれると言ったのに
信じた矢先このザマか
罠にかかった私が馬鹿だったというわけだ
煙で視界が鈍る中
瞳に映るのは、悔しそうに唇を噛み
大粒の涙を溢す貴方の姿
どうしてそんな顔ができるのか
問いただすことももうできない
体温にしては熱すぎる劫火の温度を感じながら
貴方とのぬくもりの記憶を偲んで眠る
「この戦いで私は命を落とすことになるだろう」
長閑に揺れる木陰の静けさの中
貴方の言葉に、私は絶望に突き落とされた
どうして、なんて聞くまでもない
花の国である私たちの王国が
猛炎を司る火の王国に敗北することは明らかだった
「怖くないのですか」
その場を繋ぎ止めるだけの言葉が宙を舞う
貴方は優しく私を抱き寄せ穏やかに答える
「怖い。ただ貴女と会えなくなることが
どのような苦しみ、死よりも恐ろしい」
視界が滲み悲しみで心が壊れそうになる
けれどその瞳を見つめ、いつものように微笑んだ
「ずっと貴方を愛しています。次の人生でもきっと
二人で幸せな最期を迎えましょう」
貴方は静かに目を閉じて、私の言葉に頷いた
きっと悲しむことなんて何もない
木漏れ日の跡に続く光は二人の誓いを知っている
ある日のことだった
小さな人間が私の森を彷徨っているのを見つけた
「貴女、ここで何をしているの」
そう声をかけると、貴女は瞳を輝かせて私を見上げた
「貴女がこの森に住む妖精さんなの?」
それが、私と貴女の出会いだった
貴女は毎日この森に来た
正直、迷惑で仕方がなかったけれど
人間に何を言っても聞きやしないだろう
せいぜいこの人間が飽きるまで
妙な真似をしないか見張っててやろうと決めた
「ねぇ、この森には花はないの?」
貴女が辺りを見渡しながら尋ねてきた
「花なんてここにはないわ。あるのは緑だけよ」
私はそっけなくそう返した
けれど、貴女はこちらに向き直って笑った
「それなら、きっと私が咲かせてみせるわ」
その時、何故だか少しだけ
貴女が明るく見えた気がした
それから数年の時が経った
ある日から貴女は姿を見せなくなった
何日も何日も森を探してみたけれど
貴女は二度と現れなかった
「なんて自分勝手なんでしょう」
思わずそんな言葉を口にしていた
それからもっと時が経って
またすっかり孤独に慣れた
緑が赤茶に変わる頃、貴女と歩いた道を辿った
ふと、何かの香りがするのに気がついた
私はその匂いを辿った
少し歩いて出た先には
見たことのない大樹が立っていた
美しい夕焼け色の花が舞っていて
まるで星空に散りばめられた星屑のようだった
大樹の傍らに腰をかけた
今の自分の思いがわからなかった
ただ静かに花を見つめていた
視界の端に、枝に下がった布が映った
外してみると、手紙が添えられていた
貴女からだった
"久しぶり、びっくりした?
私、初めて妖精さんを驚かせたかも
この花はね、キンモクセイっていうのよ
私はもうきっと会いに来れないけれど
妖精さんが寂しくないように
この花がずっと側にいるからね"
涙が頬を伝った
今さら気がついてしまったのだ
私は貴女の名前も知らない
ずっと一緒にいた貴女の名前を
私は聞いたこともなかった
ただひとつ確かなことは
貴女の瞳はこのキンモクセイのように
暖かな夕焼け色をしていた