「失われた響き」
いつからだろう。あの響きが出せなくなったのは。
学生の頃に始めたトランペットの演奏は、社会人になった今でも続けている。けれど、年月を重ねていくにつれ上達するはずなのに私の演奏は上達どころか納得のいかない演奏になってきている。
柔らかくて、楽しげな明るいトランペットの響き。あの響きは演奏している私自身もだいすきなものだった。だが、今どれだけ演奏しても、あの響きとは違うのだ。
私が諦めてしまうその前に、失われてしまったあの響きを取り戻すことはできるだろうか。
「霜降る朝」
キン、と冷たい空気が頰をさす。その冷たさに促されてそっと目を開けると、閉じられたカーテンから明るさが少し漏れだし、朝の訪れを感じさせる。
外に出ると、まるで時が止まったかのように静かで、この世界には自分しかいないのではないかと錯覚するほどだった。
庭に植えた野菜たちは、霜が降りて太陽の光でキラキラと輝いている。
寒いけれど、静かできれいな空気を目一杯吸って、太陽を見上げる。今日も一日頑張るぞと気合を入れた。
「心の深呼吸」
生い茂る緑が、太陽の光で輝き、木漏れ日が静かに降り注ぐ、ガジュマルの木の下。
葉っぱの香り、土の匂い。人ごみの中とは全く違う、自然の匂いが鼻を抜けて全身に広がっていく。
ゆっくりと息を吐いていくと、さっきよりも視界が明るくなったような気がした。
深呼吸はどこででもできるけれど、心の深呼吸をしたい時は、自然の中が一番だ。光や香りだけではなく、清々しい風や鳥の声が疲れた心を癒し、リセットしてくれる。
明日も頑張ろう。
「時を繋ぐ糸」
いつのものようにポストを覗くと、小さな茶色い封筒が入っていた。真新しいとはいえない、少しだけくたびれた封筒。差出人には私の名前が書かれている。
開けてみると、10代のころに書いた、未来の自分への手紙だった。まだ幼さの残る拙い文章で、様々な質問が書かれている。手紙を読んでいると、つい忘れてしまっていたあの頃のことが鮮明に浮かび上がってくる。
もう数十年も前のものだけれど、この手紙を通して過去の私と今の私が繋がっていると強く感じ、不思議な気分になった。
手紙は、離れた距離の人と繋がるためのものだと思っていたけれど、時と時を繋ぐ糸のような働きもするのだと感じた。
また未来の自分に手紙を書いてみるのも面白いかもしれない。今度はどんな質問をしようかな。
「落ち葉の道」
灰色のアスファルトの道が、降ってきた落ち葉によって綺麗な茶色に染められている。一歩足を踏み出せば、かさっかさっと心地よい音が響く。
この時期限定仕様の落ち葉の道は、歩いているだけで耳も目も癒してくれて、時間を忘れて歩いてしまう。
今日はこの道をどこまで歩こうかな。