「秘密の手紙」
拙い文章で懸命に君への気持ちを綴ったあの手紙は、誰に読まれるでもなく今も私の机の引き出しで眠っている。
あの日、放課後に渡そうと準備していた手紙だったけれど、渡せなかった。否、渡せなくなったのだ。
「あの、この手紙、受け取ってもらえませんかっ!それで、返事をしてくれないでしょうかっ?」
上擦った声で緊張気味に手紙を差し出したのは私ではなく君だった。そう、先を越されてしまったのだ。嬉しいような、ちょっと悔しいような、そんな複雑な感情になったことをよく覚えている。
そうして結局読まれたなかった手紙を、捨ててしまうのはもったいなくて何となくしまったままにしている。でも、うっかり君に見られないようにしなくては。
だって今なら、あの時よりも上手な言葉で毎日君への想いを直接伝えることができるのだから。
「冬の足音」
背後から私の体温を奪って逃げていく冷たい北風。気がつけばもう12月だった。冬の足音はいつも近づかないと聞こえなくて、聞こえ始めたと思ったらもう既に一歩後ろの方まで迫っている。やっと訪れた嬉しさを感じている間にいつの間にか隣に並んでいて、その楽しさを噛み締める間もなくどんどん私を置いて前へと行ってしまう。遠ざかっていく冬の足音を聞きながら、桜の香りと共にやって来る春の足音。こうして季節は巡ってゆく。
でもやっぱり、冬にはもうそこし長く隣を歩いてほしいんだけどなぁ。
「贈り物の中身」
シンプルな水色染められ、真っ赤なリボンが飾られた小さな箱。
今まで贈り物とは無縁の生活をしてきた私には、とても眩しく輝いて見えた。開けてしまうのが、もったいなく感じるくらいに。
「開けないの?」
ずっと箱を眺める私に、君が笑いながら尋ねる。
「こんなに綺麗な箱、開けてしまうのはもったいなくて……。ほんとにこれ、もらってもいいの?」
もらったことは嬉しいが、こんなに素敵なものをもらってしまうと私なんかが本当にもらってしまっていいのかと不安になる。
「もちろん。君のために用意したんだから。それに、本当の贈り物は箱の中身の方だからね。」
君の言葉に頷き、私はそっと箱を自分の方へと引き寄せた。そっとリボンの端を掴み、ゆっくりと解いていった。
飾られた綺麗な箱も、その中身ももちろん大切で嬉しいものだった。でも何より、嬉しかったことは、こんな私に贈り物をしてくれる人がいること、それが君だったこと。きっと私はこの瞬間を一生忘れないだろう。
そして今度は、私が君に贈り物をするのだ。
「凍てつく星空」
凍りつきそうな冷たい空気が漂う闇の中、空を見上げる。
雲ひとつない真っ暗に澄んだ空には、氷の結晶のように小さく、けれど確かに光り輝く星たちが瞬いていた。
手を伸ばせば届きそうなほど近くに感じるのに、いざ伸ばしてみるととても遠い。
----------君はあの星だろうか。
きっともう、2度と会えないであろう君を想う。
遠いけれど、空を見上げれば近くに君を感じる。
だから、凍てつく夜でも星空の下なら寒くはないのだ。
「君と紡ぐ物語」
海の見える小高い丘の上に、君の名前が刻まれた石がある。その石のそばに、そっと花束と君の好きな紅茶、そして白い表紙の本を置いた。この本は、君と僕が一緒に紡いだ物語。今日やっと本という形になり、世に放たれた。僕はそれを君に報告しに来たのだった。
君と物語を紡ぐのは、とても楽しかった。1人で原稿と向き合うよりも、2人でああでもない、こうでもないと想像を膨らませ、言葉を紡ぐ時間は僕にとって幸せな時間だった。
だからまたいつか。空の上で会うことがあったら、僕と一緒に物語を紡いでほしい。
その時はきっと、僕の物語をお土産に持っていくから。