ああ、吹き抜ける風が気持ちいい
しかし、そのせいで俺の気分は最悪だ
俺は元冒険者で、伝説の戦鬼と呼ばれた男
今は引退しちまってるが、腕は鈍っちゃいねえ
引退の理由は、危険な仕事を離れて気ままに過ごしたかったからだ
今は薬草などから薬なんかを作って売っている
かなり好評なんだぜ?
そんな俺だが、腕試しのため実力者がたまに自宅を訪れる
大抵は冒険者で、今の所全勝
戦ったあとは、アドバイスなんかをしてやったりして、喜ばれてるな
俺もせっかく鍛えた技を腐らせるのももったいないし、後進の役に立つなら面倒ってことはない
しかしなぁ
いくらなんでも、破壊の閃光アイシリウスが来るとは思わねえ
びっくりしたよ
なんせ奴は氷結の魔窟に棲む超強力なボスモンスターだからだ
ボスモンスターとは、討伐されてもしばらく期間をおくと復活する、その地の主
アイシリウスは比較的安全な、狼のようなモンスターで知能も高く、戯れに殺意ゼロで冒険者の相手をしては、自分に勝った者に毛皮を与えて死に、その後復活する、というのを繰り返している
「ただ、最近は冒険者が強くて、全然勝ててないんですよ
このままじゃ、ボスモンスターの威厳ってのが消え失せてしまいそうで……」
うちに来たアイシリウスはそう言って、俺に対人戦の稽古を依頼してきた
珍しい客だったが、俺がやることに変わりはねえ
「ちょうど、人以外とも一戦交えてみたかったし、いいぜ
相手してやる」
二つ返事で引き受けた
俺も、久々のボスモンスター相手で浮かれていたんだろうな
本来なら複数名で挑む相手であるアイシリウスはなかなか手強く、こりゃあ手は抜けねえな、なんて思いながら、強敵との戦いが楽しくなっちまった
結果、避けりゃいいのにアイシリウスの二つ名の由来であるアイスビームを真っ向から挑んで跳ね返し、逸れた先の自宅をぶち抜いて風穴が開いたわけだ
家具も、仕込んでいた薬も、作業場も何もかもが台無しだチクショー
アイシリウスは申し訳なさそうにしているが、これは完全に俺のやらかしなので気に病むことはない
「とりあえず、お前の戦い方についての話をしよう」
「あの、家の方はいいんですか?」
「よくはねえけど、今は現実から目を背けなきゃ発狂しそうでな」
「す、すいません」
「だからお前は悪くねえって
俺の自業自得さ
それより、さっきの戦いでお前の癖みたいなのがわかってな……」
俺はアドバイスしながらも、やはり家のことが頭から離れず、ショックを和らげるためにずっと、建て直す金はある、建て直す金はある、と自分に言い聞かせていた
アイシリウスを帰したあと、俺は吹き抜ける風を浴びながら、沈んだ心で取るべき行動を整理するのだった
最悪すぎるぜ、クソッタレ
調子に乗った代償が自宅破壊かよ
自分の思い出、知識、記憶
それらを燃やすことで明かりを灯す
それが記憶のランタン
私はそのランタンを持って、この長い道を進み続ける
私はなんといったか……
もう自分の名前も思い出せない
他にも、いろいろな記憶が燃やされているのだろうが、それすら忘れているようだ
楽しいこと、悲しいこと、嬉しかったこと、怒りを感じたこと
気持ちのいい思い出、苦しい思い出
忘れたかった記憶、いつまでも覚えていたかった記憶
いつの間にか覚えていた知識、頑張って覚えた知識
親しい者の顔、憎んだ相手の顔
すべてが燃えていき、ランタンを輝かせる
そして、そのランタンの灯を頼りに、私は進んでいくのだ
もう、多くの記憶は灰となったように思う
私は私を失ってゆく
これが、死者が再び生を受けるための代償
生まれ変わるために、生きていた頃に授かったすべての記憶をランタンの燃料にしなければならない
そうすることで、何も知らぬ赤子として再び生まれ落ちることができるのだ
記憶のランタンを片手に、私は歩み続ける
ひたすら歩み続ける
私は、なぜこんなところを歩いているのだろう?
ここはどこだろう?
しかし、歩かなければならない
なんのために?
わからないが、とにかく歩かなければならない
それだけはわかる
…………
……
…
ああ、とてもあかるい
もうあるかなくてよさそうだ
やっとついた
ながかった……
冬へGO
どうも、冬大好き
冬将軍とは私のこと
冬乃です
名前も冬じゃねーか
これは冬に愛されてますね
そう、私は冬を愛し、冬に愛された女
もはや冬の化身と言っても過言ではない存在
それが私、冬乃なのです
雪よ降れ降れ今すぐ降れと願ってやまない私ですよ
なんですか?
夏をどう思うかって?
今、そんな話を振るなんて、あなたも性格が悪いですね
夏なんて滅べばいいと思ってるに決まってるじゃないですか
春と秋はまだ見逃してやってもいいですよ?
でも夏はいかんですよ
しかも最近は酷暑とか言って調子こいてるらしいじゃないですか
これはちょっとシメないとダメですね
氷河期迎えさせたろか
冬が本気になれば夏なんてイチコロです
まぁ、夏の話なんてどうでもいいじゃないですか
奴の話はやめやめ
冬の寒さは身に染みますが、それが逆にいいと思います
寒さが苦手だという人も考えてみてください
ほら、寒いほど美味しくいただける食べ物がたくさんあるじゃないですか
お鍋、ラーメン、コーンスープ、肉まん、シチュー、その他諸々
ほらほら、食欲をそそるあったかい食事の数々
それを楽しめるのも寒いから
苦とは、楽を最大限堪能するためのスパイスですよ
え?
夏の暑さも冷たいものを食べた時にスパイスになるって?
奴の話題はやめましょうね
それより冬の素晴らしさですよ
冬の化身たる私は冬の冬々した魅力をじゃんじゃん伝える使命があるのです
冬の観光大使に就任するのが最近の目標ですね
ということで、これから冬が究極の季節である理由を語りたいと思います
冬特有の遅めの朝が来るまで語り明かしたいと思います
今夜は寝かせないぜベイベー
まさか、こんなことになるなんて
君を照らす月の光によって、君は狼になっている
僕は君のことを親友だと思ってたんだけど、君にとって僕はただの餌だったんだな
悲しいよ
それにしても、人狼が本当にいるとは
目の前で変わってしまった親友の姿を見ながら、僕は二足歩行の狼もかっこいいもんだな、などとのんきなことを考えていた
たぶん、信じられない光景のせいで感覚が麻痺してしまっているのだと思う
人狼は僕を食い殺すために、ジリジリとこちらへ歩を進める
僕が逃げる素振りを見せた瞬間、飛びかかるつもりだろう
まあでも、襲われたのが僕でよかった
他の人が食い殺されたら、心が痛む
それに……
僕ならこいつを抹殺できるだろう
怖がらせないために、親友には僕の正体を教えてなかったからな
自分は100%狩る側だと思ってるんじゃないか?
残念ながら、そうはいかない
君は100%狩られる側だよ
なにせ僕は、ドラゴンなのだから
この場所で元の姿に戻るのは、ちょっと色々不都合があるからやめておくけど
人の姿でもドラゴンの力は使える
手始めに闘気を出す
人狼は一瞬でこちらの正体、力量差を察したようだ
全速力で逃げ始める
しかし僕から逃げることはできない
僕は背中から翼を生やし、人狼を追跡
すぐに追いついて人狼を押し倒し、動きを封じた
親友に対してこういうことをするのは、心苦しいけど
この村で人狼の犠牲者を出さないために、僕は口を大きく開け……
灼熱の炎を人狼に向けて放った
頭を焼いたので即死だろう
さらば友よ
君による偽りの友達ごっこはこれでおしまいだ
今度は、君みたいな危険な奴ではなく、もっといい親友ができることを願うよ
ともかく、村人が犠牲にならなくて本当に良かった
親友が人狼だったのは残念だけど、いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない
もしかしたら、他の怪物が現れるかもしれないし、この村はドラゴンたる僕が守らないと
それが、この地に加護を与える神との約束なのだから
僕の肌が不規則に焼けている
なぜこんなことになったかって?
木漏れ日の下で長く上半身裸で寝っ転がり続けたからだよ
つまりこれは、木漏れ日の跡だね
なんで木漏れ日の下で焼けるまで寝っ転がってたかって?
よくぞ聞いてくれた
焼くためだよ
しかも普通に全体をこんがり焼くだけじゃだめだ
誰もやったことのない焼け方をしたかった
いわば、僕の体で芸術作品を作ったということ
僕はよく周りから脳筋と呼ばれていてね
筋肉に自信はあるんだけど、頭を使うことやアートなんかは大の苦手なんだ
そんな僕でも、芸術に興味がないわけじゃない
好きな絵だってあるし、音楽なんかもよく聴いている
そして僕自身、作品を作ることにだって興味があるんだ
だけど、例えば僕が犬の絵を描くとしよう
それを見た人は揃ってこう言う
「鬼を描いたの?」
つまり、絵心が無い
いや、絵心だけじゃない
お話を書けば物語以前に文章がおかしくなり(物語でない文章は普通に書けるのに)、粘土をこねさせればただの岩の塊だ
ここまで聞けばわかる通り、僕に芸術の才能はない
そんな僕でもできそうなアートを思いついた
それが木漏れ日を利用した不規則な日焼けだったというわけ
バカなやつに見えるかい?
けれど、芸術っていうのは自由だと、誰かが言っていた気がする
何事も挑戦してみることが大切なんじゃないかな?
例えバカバカしく思えることでもね
それにこの日焼け、現代アートとしてはなかなか面白いんじゃないかと、僕は思っているよ
他人に評価されるかどうかは知らないけど、僕が満足するためのものだから、刺さる人がいなくても、別にかまわないのさ