『秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の 影のさやけさ』
お題を見て浮かんだのがこの歌だった。
百人一首、第七十九番。左京大夫顕輔の歌。
詠み人は今、ネットで調べて分かったのだけれど、歌自体は割とスラスラと出てきた事に驚いた。
よくよく考えたら平安時代の、自分とは何の関わりも無い人が詠んだ歌が2025年という、千年も時を隔てて生きている私の心に刺さったという、奇跡みたいな事象だと思う。
それは千年の時を超えても変わらない何かがある証なのだろう。
自然の情景と、それに心動かされる人の感性。
不変のものなど何一つ無いと思う瞬間と、変わらない何かが確かにあるのだと思う一瞬。
それは私という一人の人間の中に、矛盾することなく存在する感覚。
秋風という言葉と、そこから連想する冷たさと寂しさと美しさ。寒さに肩を竦めながらそれでも月を見上げたくなるのは、平安の都でも、現代の街でも変わらないのだ。
END
「秋風🍂」
嫌な予感がする、とは言うけれど
好きな予感がする 、とは言わない。
いいことはサプライズでも何でも遭遇したら嬉しいからなんだろうな。
嫌なことには出来れば会いたくないのは、みんな一緒か。
END
「予感」
ごめんね、やっぱりどうしても君とは仲良くなれそうにないや。
これは僕が全面的に悪い。
君達に名前をつけたのは僕達で、君達がいなければ今、この国で生きてる大多数の人間は生活のリズムが狂ってしまう。
君達に名前をつけた時の僕達は、野生から生まれて秩序を作った進歩的な存在だって、愚かにも思い込んでいた。
でも今、僕達は君達に縛られて、自然に身を任せる事も出来なくなって、時間に縛られて、逸脱が出来なくなって、ただの社会の歯車になっている。
歯車が一定のリズムで回り続ける為には時間の区切り、日の区切りが必要で、僕達はもうその為に君達を利用するだけになっている。
だから僕は、君がどうしても好きになれない、
だって、君が来たら僕は仕事に行かなきゃいけない。
君が来たらその日から五日間、僕は歯車として回り続けなきゃならない。
だから僕は、君の名前を見ると憂鬱になる。
君とは友達になれそうにない。
なんてことを考えながら、日曜日の夜は更けていく。
END
「friends」
分からないなんて嘘だよ。
本当は君が俺に何を言いたいか、よく分かってる。
君はいつだって俺だけを見て、俺の為だけに歌ってくれた。君はそれを自分の為、なんて嘯くけれど、だったら俺はこんなに心動かされたりしないよ。
分からないフリをしただけ。
だって、俺は君の思いに応えられない。応えちゃいけないから。
ごめんね。
君の歌、大好きだ。
この気持ちだけは本当だから。
END
「君が紡ぐ歌」
立ち込める霧はますます濃くなっていく。
不安にかられ、足を早めた。
山奥でもあるまいに、どうしてこんなに霧が濃いのか。天気予報では霧なんて一言も言ってなかった。
――怖い。
視界が効かない。
先が見えない。
道はこっちで合ってる筈だよな?
よく知ってる筈の街が、まるで見知らぬ異世界に見える。
「おーい、こっちだよぉ」
声が聞こえた。
唐突に、前触れもなく。
その途端嘘みたいに霧が晴れて。
「久しぶりぃ。元気だったかい?」
少し窶れているけれど間違いない、あの人だ。
やっぱり彼は自分にとって光だったと、数年振りの笑顔に泣きそうになった。
END
「光と霧の狭間で」