窓についた水滴を指で拭うと、白に塗り潰された世界があった。
深夜だというのにほのかに明るいのは、雪明かりのせいだろう。雪が月光を反射して光を拡散させているのだ。いつもと全く違う景色に息をのみ、しばし見蕩れる。
街の屋根も、街灯も、街路樹も、全てが白に包まれている。街灯にこんもりと積もった雪は、まるでマシュマロだ。三角屋根も雲を載せたように丸く可愛らしいフォルムになって、思わず手を伸ばして触ってみたくなる。
――本当に、触ってみたいな。
ふとそんな事を思ってコートを羽織ると家を出た。
街は静寂に包まれている。ほとんどが眠りについているのだろう。
高いビルの屋上に辿り着く。
吐く息も白く、また降り出した雪がチラチラと暗い空から舞い降りる。
白以外の色を忘れてしまったかのようだ。
眼下に広がる白い雪は、やっぱりマシュマロみたいに見える。
「·····」
冷たいはずのその景色に、無性に飛びこみたくなった。
END
「雪明かりの夜」
小説でも、詩でも、歌でも。
絵でも、彫刻でも、織物でも。
食事でも、建築でも、造園でも。
何かを造るという行為は、祈りに似ている。
END
「祈りを捧げて」
一度だけ、ママに抱き締められた。
その頃はまだそんなにアル中の症状が深刻でなく、その日は酒が抜けてだいぶ気分がいいと言っていた。
客が優しかった、というのもあるだろう。
ママは私を抱き締めて、「ごめんね」と言った。
あの時のママの手のひらのあたたかさを、私は今でも覚えている。
それから程なく、ママはアル中が進行し酒が切れると私に暴力を振るうようになり、生活も荒んできた。
それでも私がママのそばを離れなかったのは、あの日の記憶が忘れられなかったからだ。
ママの優しい声。煙草の匂い。あたたかい手のひら。
たった一度のぬくもり。
あの日感じたあたたかさは、本物だった。
END
「遠い日のぬくもり」
焚き火や蝋燭の炎の揺らぎは心を落ち着かせる効果があるらしい。
ガスコンロの炎では駄目な理由はなんだろう?
立ち上る炎の高さ? 炎の数?
どちらも現象としては同じなのに、シチュエーションが違うだけで全然意味が違ってくる。
いずれにしろ、火事には気をつけましょうね。
END
「揺れるキャンドル」
気が付くと、とっくに夜は明けていた。
暗い部屋から廊下へと出ると、朝日が差し込み景色全体が白く輝いている。
その眩しさに目を細めながら、男はゆっくりと回廊を歩いていた。
眼下の広場ではそこかしこで朝のざわめきが起こっている。帰還した兵を出迎える者、勤務交代の申し送り、気の早い物売り達。今日からまた始まるいつもの日々。男には帰ってくる友を待つ余裕など無く、追われるように階下へ向かう。
角を一つ曲がったその先に、長身の影があった。
白い廊下に浮かぶ黒いシルエット。
いつもとは正反対の印象に、男は一瞬怯む。
「――ただいま」
黒い影は男のよく知る声で一言そう言った。
「·····」
何も言えずにいる男に、影はゆったりとした歩調で近付いてくる。いつもと同じ、跳ねるような歩き方だった。
背中に腕が回る。肩に顎を乗せてきた影に男は何か言おうとしたが、影はそれを許さなかった。
「何も言うなよ」
「――」
「しばらく、このまま」
陽が高くなるにつれ、光の範囲は広がっていく。
白く輝く回廊にこのまま二人、飲み込まれていくような錯覚に陥る。
それでもいいと、男は思った。
END
「光の回廊」