商店街に〝例の歌〟が流れ始めると、堅苦しいと言われるこの職場でもそわそわする人達が出始める。
それは男女の別などなくて、職場全体が妙にふわふわと落ち着かない空気に包まれていた。
「~~♪」
鼻歌で〝例の歌〟を歌うその人の姿を見たのは、一人や二人では無い。上機嫌で歌を歌いながら歩くその背を見送って、今年も来たと人々は噂しあっている。
「あの人からチョコを貰う羨ましい人は誰だろう?」
あの人が毎年誰かにチョコを贈っているのは周知の事実で。でも誰が貰っているのかは不思議と分からない。貰った人間はよほど上手に誤魔化すか隠すかしているのだろう、それともあの人が堅く口止めしているのかもしれない。
誰もが憧れるあの人。
気さくに話しかけてくれるあの人。
そんなあの人の心を射止めた幸運な人は誰――?
人々が噂してるとも知らないで、あの人は今日も上機嫌で〝例の歌〟を歌っている。
◆◆◆
「別に深い意味はないんだけどなぁ」
銀紙をペリペリと捲って。バナナペーストの入ったチョコをぽいと口に放り込む。
「みんな同じチョコだし、なんなら自分も食べてるし。〝お疲れ様〟くらいの気持ちなんだけどなぁ」
「そうはいかないのを知ってるでしょうに」
「うーん」
「勘違いされる前に配るのやめた方がいいよ」
「うーん」
冬だというのに妙にあたたかいバレンタインの夜は、こうして静かに更けていくのであった。
END
「バレンタイン」
どれくらい?
どれくらい待てばあなたの言葉は現実になる?
何年前からその言葉を言ってる?
もう何百回、何千回その言葉を言ってる?
言い訳がましく何人の人間にその言葉を言ってるの?
あなたの言葉を信じて待って、何人の人が死んでいった? 待ち切れなくて、耐えられなくて、何人の人が逝ってしまった?
ねえ神様。
あなたの言う理想の世界、いつになったら現実になるの?
END
「待ってて」
どうしても伝えたいこととか·····
別に無いなぁ。
END
「伝えたい」
とある女性二人組。
「この場所でAがBに告白したんだよねー!」
「エモい·····!!」
とある特撮オタ。
「この場所で主人公が改造人間だとヒロインにバレたんだよな」
「あのシーン泣き演技凄かった。そのあとの変身は特撮史上に残る名シーン」
とある天体ファン。
「市内で星空観測するにはこの場所が最適です」
「開けてるし夜は周囲の建物もライトが落ちるからね」
とある歴史家。
「この場所は百五十六年前の今日、焼け野原になったんだよね」
「〇〇の戦い。教科書に載ってる事件の舞台が地元って胸アツ」
街の中心にある公園で、シンボルとなっている大きな樹は今日も人々の営みを見つめていました。
他愛の無い会話に耳を傾け、八十年近く続く穏やかな日々を愛おしく思いながら、儚い命を繋ぐ人々を見守ります。
大きな樹に背を預け、思い思いに語る人々はでも、知りません。
この樹のある、この場所。
この場所の地中深くに、夥しい数の屍が眠っていることを。
この樹が遥か昔から、この場所で多くの血を吸ってきたことを――。
大きな樹はそしらぬ顔で、自分に背を預ける人々を今日も見守るのでした。
END
「この場所で」
生きる意味を探してるわけじゃない。
運命の相手なんて欲しがってない。
価値を見出したいわけじゃない。
正しいことをしたいわけじゃない。
誰もが、
みんな、
なんて。
もう殆ど意味が無い。
END
「誰もがみんな」