「こんな夢を見た」
うたたねの縁側で、こんな夢を見た。
空が、見たこともない虹色のグラデーションに染まっている。絵具を水に溶かしたような、淡くて、どこか淋しい光の層。
見上げると、銀色の鱗を光らせた大きな魚たちが、静かに空を泳いでいた。尾びれが空気をなでるたび、きらきらと光の粉が降ってくる。
足元には、いつかの冬に旅立ったユキがいた。雪のように真っ白な毛並みは、触れると柔らかく、懐かしい温もりがある。ユキは喉を鳴らすこともなく、ただ隣に座って、細めた瞳で不思議そうに空の魚を追っていた。
「きれいだね」
私がつぶやくと、ユキは一度だけ小さく耳を動かした。
次の瞬間、ユキは音もなく立ち上がり、すうっと宙に浮いた。まるで重力がないかのように軽やかに、空の魚たちと同じ速さで、優雅に泳ぎ始める。私もそれに続き、ふわりと体が持ち上がった。
ユキと私は、虹色の空を銀色の魚たちと並んで泳いだ。冷たいはずの風は心地よく、きらめく鱗の粉が頬をなでる。ユキが私の方を見て、小さく「ミャッ」と鳴いた。その声は、遠い昔の記憶のようにも、明日への招待のようにも聞こえた。
目覚めると、部屋には冬の午後の、ただ白い光が差し込んでいた。
君に会いたくて
10月4日。雨。
古いアップライトピアノの前に座る。指先が鍵盤に触れるたび、湿った空気に音が溶けていく。ショパンを弾き始めると、足元でクロが小さくあくびをした。黒い毛並みが、影のように部屋の隅に馴染んでいる。
10月12日。晴れ。
君がいなくなってから、世界はずっと静かだ。
でも、クロの呼吸や、時折鳴るピアノの残響の中に、君の気配を探してしまう。
「元気?」なんて、心の中でつぶやいてみる。
答えは返ってこないけれど、窓から差し込む光が、君の優しい眼差しに似ていると思った。
三日月と、クロの背中
十月の夜は、薄い硝子を一枚隔てたような静けさがある。
空には、爪先でひっかいたような鋭い三日月。
銀色に研ぎ澄まされたその光は、どこか遠い誰かの落とし物のようだ。
ベランダに出ると、クロが足元に鼻先を寄せてくる。
「月がきれいだね」と声をかけると、クロはただ、ふさふさした尻尾を一度だけゆっくり振った。
彼の黒い毛並みが、月の光を吸い込んで少しだけ青白く縁取られている。
私たちは、言葉にならない感情の断片を、夜の風に溶かしてやり過ごす。
明日には忘れてしまうような、ささやかな寂しさと、確かなぬくもり。
三日月は少しずつ傾き、クロの背中の上で、静かに夜を深めていった。
雪、光の粒
1月7日。朝。
カーテンを開けると世界が新しくなっていた。
昨日までの景色を真っ白なキャンバスに戻して、「さあ、今日は何を描く?」と問いかけられているみたいだ。
冷たい空気さえ、心の中を洗ってくれる気がする。
午後。
愛犬のクロは、庭の雪に大はしゃぎだ。
黒い弾丸のように駆けまわり、冷たいはずの雪に鼻先を突っ込んでいる。
顔中を真っ白にしてこちらを振り返るクロの瞳が、キラキラと光っている。
「楽しいね」と笑うと、世界がもっと明るくなった。
夜。
冷えた体を温めるスープの匂い。
私の足元で、雪の夢を見ているのかクロの足がピクピク動いている。
明日の朝、まだ誰もいない真っ白な道に、二人で最初の足跡をつけに行こう。
新年
あたらしい光、あたらしい足音。
窓を開けると、まっさらな空気が部屋に流れ込んできた。
「さあ、行こう」
声をかけると、クロはちぎれんばかりに尻尾を振って、喜びを全身で表現する。
その無邪気なリズムに、こちらの心もふっと軽くなった。
冬の光を反射して、クロの瞳がキラキラと輝いている。
去年のことなんて、もうどこかへ飛んでいってしまったみたいだ。
「いいことが、たくさんあるよ」
根拠はないけれど、そう確信しながら歩く。
冷たい風の中、クロの元気な足音と私の靴音が重なる。
一歩進むごとに、世界が新しく塗り替えられていく。
この真っ白な一年の始まりを、私たちはどこまでも自由な気持ちで、どこまでも遠くへ歩いていける。