凍てつく鏡
朝の冷気に、庭のたらいの水がぴんと張りつめていた。
それは真っ白に澄んだ「凍てつく鏡」。
世界が一度リセットされたような、清々しい静寂。
お気に入りのカップにコーヒーを注ぐと、香ばしい香りが部屋いっぱいに広がる。
その温もりに誘われるように、愛犬のクロがトコトコと寄ってきた。
つやつやの黒い毛が、冬の陽だまりを反射してキラキラと輝いている。
凍りついた鏡は、冷たいだけじゃない。
これから始まる新しい光を、一番きれいに反射するために準備をしているんだ。
クロの温かい背中に触れながら、私は今日という真っ白な一日を、
どんなふうに歩こうかと考えている。
雪明かりの夜
窓の外は、ふかふかの銀世界。
雪が街を白く塗り替えるたび、まるで新しい明日が用意されているような、そんな清々しさを感じる。
部屋を暖かくして、お気に入りの豆でコーヒーを淹れる。
窓際に腰を下ろすと、香ばしい香りに誘われたのか、
愛犬のクロがトコトコと寄ってきて、私の膝に顎を乗せた。
雪あかりに照らされたクロの瞳が、キラキラと宝石みたいに輝いている。
「明日は一緒に雪の上を歩こうか」
そう語りかけると、クロは嬉しそうに尻尾を振った。
窓の外は冷たいけれど、この部屋の中には確かな温もりと、小さな希望が満ちている。
静かで、贅沢な夜。
雪あかりが連れてきたのは、心の一番やわらかい場所を温めてくれる、優しい光だった。
祈りを捧げて
朝の光が、カーテンの隙間からこぼれている。
少しだけ贅沢な豆を挽き、丁寧にコーヒーを淹れる。
立ちのぼる湯気の向こう側、
形のない「なにか」に、静かに名前をつけてみる。
ストーブの前で、愛犬のクロが寝息を立てている。
この黒い塊が刻む、穏やかなリズム。
それだけで、世界は十分に満たされている気がした。
祈りとは、きっと特別な言葉を並べることじゃない。
冷えた指先をカップで温めながら、
「今日が昨日と同じように過ぎますように」と、
ただ、それだけを願うこと。
コーヒーの苦みが喉を通る。
クロが薄目を開けて、しっぽを一度だけ振った。
それだけで、私の祈りはもう、届いたのだと思う。
遠い日のぬくもり
空は透きとおるように高く、どこまでも静かだった。
冷たい風が吹くたびに、あの冬の縁側を思い出す。
十一時。
使い古したマグカップから、コーヒーの湯気が静かに立ちのぼる。
苦みの中に、少しだけ甘い記憶が混ざるような気がした。
あの頃、私の足もとにはいつも、白い毛並みの「ユキ」が丸まっていた。
午後の光。
ユキの背中に触れると、お日様の匂いがした。
言葉なんてなくても、伝わる体温があった。
「ずっと一緒だよ」
そう信じて疑わなかった、無防備な季節。
今はもう、ユキはいない。
けれど、コーヒーを一口すするたび、
手のひらに残るかすかな熱が、遠い日のぬくもりを連れてくる。
会えなくても、消えないもの。
それは、私の心の奥で今も静かに、呼吸を続けている。
きみの背中の
日だまりのようなにおい
ときどき
思い出しては
コーヒーをひとくち 飲む
それは
さよならよりも
ずっと やさしい
記憶のたしかめかた
揺れるキャンドル
テーブルの上で、キャンドルの炎がダンスをするように揺れている。
風が吹くたび形を変えるその姿は、自由で、どこか楽しげだ。
揺れることは、不安定なことじゃなくて、しなやかであることなんだと思う。
足元では、愛犬のクロが深く息を吐いて眠っている。
この子の穏やかな寝息を聞いていると、世界に流れる時間は本当はもっとゆっくりでいいのだと教えられる。
淹れたてのコーヒーから立ちのぼる湯気が、部屋の空気を優しくほどいていく。
「大丈夫、光は消えない」
揺れる炎を見つめていたら、ふいにそんな言葉が胸に降りてきた。
迷ってもいい、形を変えてもいい。
明日という真っ白な紙に、またクロと一緒に、新しい足跡をつけていこう。