蝉助

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6/3/2024, 10:17:17 AM

「1秒で恋してさ、次の1秒で失恋したんだよ。」
相変わらず不憫な恋愛してるな、と目の前の友人を哀れに思った。
「ちなみに今回は誰を好きになったん?」
「お前の彼女。」
仰け反って笑いを堪えたら後ろの壁に激突した。
痛いが、そんなこと思ってられないくらいに面白い。
「笑うなよ!」
「いや、本当に可哀想な奴だなって。」
初恋の人は写真だけ見せてもらった叔父の元カノだって聞いた。
好きになった俳優は無期限活動休止中だし、漫画内の気に入ったキャラはことごとく死んでいく。
こいつはそういう奴なのだ。
愛してもその愛が報われない、なんて言えば聞こえはいいものの、実体はただの恋愛運のない一般男子高校生。
しかしそっちの肩書きのほうが口に出してみた時、より哀愁を感じるから気に入っている。
「別れ話でも上がったらさ、報告してよ。」
「どうだろ。雅子ちゃんってば俺にメロメロだからな。」
「惚気やめて。消えたくなる。」

6/1/2024, 10:52:52 AM

「オオトリさあん、灼熱地獄からまた工事の依頼来てますよぉ。」
「はあ?クラゲのやつ、手抜きしやがったな。」
まったく梅雨はこれだから、オオトリはため息をついた。
仕事が多いのは嬉しい限りだが、同じ場所からこう何度も依頼されると創業650周年を迎えたカムラ工務店の名が泣いてしまう。
重い腰を上げてオオトリは手入れしたばかりの工具箱を片手に取った。
「コジカ、仕事だぞ。」
「おいっす。」
2人は事務所を出て灼熱地獄へと続く通路を渡った。
地獄整備。
それは地獄が形を成した時からある重要な仕事だ。
特にここ100年では地獄の先々で業務の効率化が図られ、需要が急増している。
針山地獄のメンテ、血の池地獄の温度管理、その他諸々。
不具合があればとりあえず工務店へ、獄卒なら誰もが知っている合言葉のようなもの。
そしてこの梅雨の時期に多いのは、天井の雨漏り。
空のない地獄に基本雨は降らないのだが、天国の雨量が多いと下のこちらへと水が漏れ出してしまうことがある。
厄介なものだ。
あちらの雨とはいわゆる恵みを象徴し、一滴だとしても触れさえすれば極上の快楽を感じてしまう。
罰を受ける罪人にとってあってはならないことだろう。
そんな訳で天井の雨漏りを修復するのも、地獄整備業の重要な仕事の1つだった。
「はやく梅雨とか終わらねぇかな……。」
「えー、俺はこの時期結構好きっすよぉ。じめじめしてるとテンション上がるじゃないですか。」
「俺はもうそういう機微に感情を上下させる年じゃないんだよ。」
コジカはそう言ってカラカラと笑った。
彼はカムラ工務店の新人業務員だ。
少し前まではオオトリ1人で切り盛りしていたが、需要に呼応して仕事が格段に増えたことで新しく人手を雇うほかなかった。
若くケアレスミスの多さは気になるものの吸収力は高く愛想がいい。
同時期に雇ったクラゲも彼の快活さを見習ってほしい、とは常々思っている。
「」


〈オオトリ〉
カムラ工務店の店長。祖父の時代から続く老舗の工務店を引き継いでおり、その技術は地獄でもトップクラス。それでも最近まで1人で店を切り盛りしていたのは人付き合いが下手だから。完全な職人気質で自分の世界に入り込みやすく、あまり教えることが上手くない。

〈コジカ〉
カムラ工務店の業務員。実家が新しい地獄整備の会社で老舗のカムラ工務店から技術を盗むためにやってきた。なおこのことは全てオオトリにバレている。溌剌とした若者らしい若者で様々なものに目移りしやすい。根本的に少し抜けているが物事を論理で判断する冷静さを併せ持ち、多くの場合根拠に基づいて行動できる。

〈クラゲ〉
カムラ工務店の業務員。よく手抜きするので怒られる。

5/28/2024, 10:17:54 AM

「やっほー、先輩。」
今日も昨日と同じように羽柴は美術室へやってきた。
しかしいつもと違うことがひとつある。
常に片割れとしてくっついている黒柳がそこにおらず、いつもの圧倒される感覚が弱い。
以前として鬱陶しいとは思うが。
「黒柳は?」
「風邪でお休み〜。」
「珍しいな。」
彼の快活な印象とはかけ離れて見えた。
「やっぱりこの時期に半袖で登校するのは無理があったみたい。」

5/21/2024, 11:28:25 PM

透明なカゴの中に入っている。
透明なので触れも感じもできないが、そこには確かに境界線がある。
世界はそれで覆われている。
なんのため?
……。


「なんの為だと思う?」
「知らんです。」
無関心そうに朔真はコーヒーを啜った。
「んー……どうしてあるんだろう。」
クルクルと椅子を回転させ、もうお手上げだと言わんばかりに未来は手を上げた。
彼は新しい短編小説に向けて執筆作業に勤しんでいる。
さっそく数行を書いてみたが、どうにもしっくりこないようで、昨日今日のようにこちらの部屋へやってくる朔真に尋ねてみた。
しかし朔真その話題にそれほど興味がない。
完全に行き詰まったと、未来はため息をついた。
「透明なカゴ……そんなのないんじゃないの。」
「いやあるよ。」

5/18/2024, 5:03:14 AM

眠れない夜は存外嫌いじゃない。
1時間くらいベッドの上でごろごろして、それでも瞼が重くならなければ不思議と口角が上がる。
ああ、彼がやってくるんだなと。
俺は毛布を蹴って起き上がり、部屋の窓を開けた。
こういう日はいつも空が綺麗だ。
黒じゃない、深い紺色が月と星とを閉じ込めている。
窓縁へ足をかけ、下を見ないよう努めながらゆっくりと立ち上がり、家の外壁の取っ掛かりに手を伸ばした。
うちの家は構造上、俺の部屋から屋根へ上がることができる。
もう慣れてしまった手つきで体を持ち上げ、古びた瓦屋根へ裸足をつけると冷たくて心地好い。
そしてもう一度空を見た。
満月一歩手前の夜であることに気が付いた。
1番綺麗に映るあの星は、もう死んでいるのかなと遠い宇宙へ思いを馳せながら、緩やかな風の流れを薄い寝間着越しに感じる。
そんなオルゴールのように柔く過ぎゆく時の中、空間が歪む音が聞こえた。
多分、誰も聞いたことがない感じの音。
俺だけ知っているということにちょっと愉悦感だ。
ほら、今日も来た。
「久しぶり、フルムラさん。」
車掌のような制服を来た男、帽子を深く被っているせいで顔はあまり見えないが、体格や話し方から、多分俺の数個上くらい。
でも人じゃない。
夜の空を裂いて現れる存在を人間とは呼ばない。
「久しぶりだね、繰磨くん。」
落ち着いた声で俺の名前を呼んだ。
ふわりと屋根へ着地すると、すぐ隣に座る。
「まったく、主人の気まぐれにはうんざりだ。休みがほしいと言ったのにちっとも聞き入れてくれない。」
フルムラさんが項垂れた。
彼はどこかで従者をやっているらしい。
以前に主人の名前を尋ねたけど、人間の舌では発音できなかった。
そう考えるとフルムラさんの日本語も板についてきたなと思う。
「とはいえ今日もいい夜だ。見ているだけで少し心が安らぐよ。」
「絶品だね。」
「ああ、主人もきっと満足する。」
割れた空間の裂け目からカメラのようなものを取り出す。
つまみを回して何かを調整し、眩しさを持つ月を中心に夜を映した。
これもフルムラさんから聞いた話だが、主人の主食は景色らしい。
美しいもの、奇怪なもの……その他の何か心が奪われるようなものほど美味で、栄養素が高い。
だから従者であるフルムラさんは様々な場所を巡ってはそれぞれの景色をこのカメラに保管し、屋敷へ持ち帰らなければならない。
「地球の夜はデザートに丁度いいよ。さっぱりして甘いけどしつこくなくて、肥満気味の主人には特に。」
「果物みたいな?」
「果物ってなんだっけ。」
俺は身振り手振りでリンゴとバナナを表現した。
フルムラさんは思い出したかのように何か単語を発したが、それもやっぱり聞き取れなかった。
「この世界の食べ物って面白いよね。誰でもほとんど同じもの食べられるんだから。」
「そっちの世界は違うの?」
静かに首を横に振っていた。
「主人は景色を食べるけど、うちのメイドは基本的に鼓動が好きだよ。あとは曇りが主食の奴もいるし、繰磨くんみたいに果物食べることもある。」
「へえ。」
それがどういう意味なのか完全には理解できないが、多分フルムラさんが母国語を日本語にする過程で齟齬ができてしまっているのだろう。
あちらの世界にベッドはない。
寝る時はまた別の方法を使うらしい。
そういう感じで、多分全く同じ意味を持つ単語というもの自体がそもそも少ないのだ。
だから互いの話は小説を読むように受け止めようと決めた。
小説さえきちんと伝わっているのか分からないけど。
「じゃあ、そっちでは食事の時ってどうしてるの。別々?」
「大抵はそう。そもそも明確な食事の時間を取らないことも多いね。いつの間にか食べ終わってるみたいな。」
「ふうん……。」
そこで1つまた疑問が湧いた。
「そういえば、フルムラさんの主食ってなんなの。」


〈繰磨〉
高校生。普遍な青年だが

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