その光景は鮮烈に。
血走った眼をはしらせ、駆け抜ける残像、天へと槍を突き付け、旗を掲げる群像。
全ては高潔のために。
全ては栄光の世のために。
「頁が捲られ……」
瓦礫のした、傷ついた瞼を閉じかけ、祖が。
「なんです」聞き逃すまいと身を寄せれば、ふと微笑まれ「何が可笑しいのです」
しるしているのだと祖は云った。
すべては記されている。
「記憶とは、なにかを知っているか。どうすべきかを……」
「いえ、いいえ。どうすべきです、私は」
……私達は。
延焼が近づいている。
「記憶とは」
この先で成り立っている。
主が産まれ、掴まり立ち、剣を振るうように。
焼き付け、記し、語り継ぐ。思い描き、再現し、虚構となる。
恐れてはならぬ、枯れ地に落つ涙が跡形もなく消ゆることを。
信じねばならぬ。
雨粒を頼りに蒔かれた種が発芽す日々を。
「いずれ、思い出さる時のため」
頁が捲られることは無かった。
瓦礫の下が描かれることも。
私は思い出さねばならない。祖の教えと微笑みの意味を。
【紅の記憶】
陰鬱なホームに一分の遅れもなく電車が止まると、定時が繰り下がったかのように錯覚を起こして、今日もこの時間に帰れて良かったなんて思う。
がたんごとん。
夢への寝床はこの車両。
空っぽでふかりとした、自由席。
ほうじ茶は冷えた身体のお守り。暖色の光が優しくて、ボタンを押す指は震えていた。
がたんごとん。実際の音はもっと柔らかな気がする。電車の揺れも、自販機での購入も。
過ぎゆく景色に横顔が映る。
落ち着いてきた頃にはどうしても、環境より自分に目がいってしまうもので。今に不満は無いけれど、こどもの頃の夢は夢のままだ。
チャームを作りたかった。
身に着けるまでもなく、眩い光を放つほどの。
材料、分量、費用、器用、熱量、空想、需要、偶像。壁は想像よりも多様にあって、
どれもシンプルだった。
欠片でもいい。反射でもいい。
ベッドで夢は見られない。
数十分と決められた区間、まどろみを繋ぎ合わせて生きるだけだ。
【夢の断片】
箱をもらった。手のひらに収まるくらいの立方体を。
しかし開けるところが無い。
慎重に角を押さえて観察してみる。蓋になりそうな継ぎ目は、どこにも無い。
質量については何ともいえず。あるような、ないような。どうにも持て余してしまうので、耳元で軽く振ってみた。
「はあ、振るのかい」
箱をくれた相手が何ともいえない顔をする。
「振ってはいけないものなのか」
「いいや?」
相手は一言、面白いと。顎に手をやり。
書き損じて一度は丸めたが、やはり重要なものであるからと丁寧に伸ばされたような皮膚の皺、節々。それらへの短い視線も相手には見られている。
問われる。なぜ箱を振ったのか。答える。中身を知りかったから。
問われる。箱の中身は重要だと思うか。答える。外から確かめられない限りは重要である。
「それで、何か音はしたかい」
「いいや」
ふん、と相手が鼻を鳴らす。「つまらん生よ」
箱はかたち変わらず手中にあった。
「つまらない?」
くだらない、の間違いではないか。改めれば何とも脆く、握力どころか指先で潰えてしまいそうな箱である。
沈黙がながれたが、今更取り上げられることはないようだった。
「いいかね若い者。そも、箱に意味を求める姿勢が愚かしく、面倒なものよ」
しかし面白いと、声をひそめ。
「軽率に振る舞い、思いも掛けないことを待つ」
「それこそが醍醐味じゃあないか」
「……おや、そうかい?」
「先程たしかに、箱は唄っていたと思うがね」
もういちど耳をあててみる。
【見えない未来へ】
「終わったんだね」
みなまで言わない君に合わせて頷く。
「意外とあっさりしてるよね。あんな大袈裟に始まったのに」
高らかに宣言し、煽てて、引き連れて、巻き込んで。
夢を語られ、心揺さぶられ、肩も揺さぶられ……
いつの間にか人が増え、翻弄され。
寝不足に笑って、無駄な汗をかいて。
「楽しかったな」
始まりは誰だったのか。今となってはもう、わからない。
前をゆく数々の背中が少し遠のいた。
君につられて僕が足を止めたから。
あの日、あの場所で、あの瞬間のように。
【吹き抜ける風】
少年の手元でくるくるキュルキュルと、棒に付いた何かが回っている。
「かざぐるまって言うんだよ」
詩人は目をまるくしていた。雲も流れない穏やかな暮れの、なだらかに広がる草原で、止まらぬ速さのそれだけが異質に映る。
「おれ、風売り。ここに兄ちゃんの欲しいものはあるかな……」
ひょいと降りて、椅子にしていた木箱を漁りはじめた。もう売り物じゃないからと渡されたかざぐるまを、詩人はやはりじっと見つめた。
「これは空を飛びますか」
飛ばないよ! 風売りは笑う。
「いろいろね」
売ってるんだ、と草むらにガラクタが転がり出す。詩人が生きるなかで出会わないものばかりだった。仕掛けのありそうな品も、重厚な装飾が施された品も、風売りの手元では軽々と扱われる。
そのうち古びたランタンの中心に火がともると、あらゆるものから影がのびた。
詩人はだまっていた。
炎は煌々と揺れていた。
ぼんやり映るが、やはり異質なものだった。
「これは空を飛びますか」
「飛ばないよ」
すでに風売りは表情を隠さなかった。「あのさ、なんで飛ぶと思うわけ? 羽なんて付いてないでしょ」
そうですね、と詩人が。
「でもこの灯りが夜空に浮かんだら、綺麗だと思います」
少年は少しの間だまっていた。
「まだ出会ったことのない美しさがあると思います」
目蓋を閉じる。
そうかもね、と少年が。
「風がなくても飛ばせると思う?」
「ええ。きっと」
風羽根は四枚。
思い出したようにくるりとまわった。
【記憶のランタン】