灯る体温。
こぼれては拾う談笑も、きっと瞬く間に昇華され。
かたくり粉をつまむ音。
ミルフィーユを崩す音。
幾星霜のよるを越え、いまを愁う眠りに就く。
氷晶つどえて花ひらく。
つぼみて薄らと衣づく。
澄ませば、深更も煌めき立つ気配。
【霜降る朝】
クジラが泳ぐ姿をみたことはある? 空を優雅に泳ぐ姿を。
窓辺につたう雨跡をなぞったことは? 音の無い場所に佇んだことはある?
生きていると気がつかないことが沢山。
眠っているときに出会えるものも多くて。
吸うよりも、吐いて。
満たすよりも、ゆとりをもって。お話はそれからよ。
浮かんだ虹の 風味をたしかめたことはある?
地中から 木々の葉脈へながれたことは?
アルベドまとう柑橘に 瞳を映したことはある?
愛す者の なみだをあまく感じたことは?
……
海底にたどり着かないときはある?
ことばに
意味を求めないときは?
…………
【心の深呼吸】
空気を震わせて、伝わせて、声を届ける。
耳打ちとはまた違う、言葉の近さ。響きかた。
作ったんだ。
片方を持って、きみが走る。
ピンと張らないとだめなんだ。
向こう岸で、手を振って。
どっちも喋ったら聞こえないんだ。
合図のままに、耳をあて。
「もしもーし」
初めて聞く声色で、ちょっと笑える。
「こっちの世界は平和ですよ。
そっちでは元気にやってますか?」
【時を繋ぐ糸】
「なんだよ」
つっけんどんな態度になったのも、無理はない。と思う。だってそいつ、棒立ちで目ぇかっぴらいて、ずーっとこっち睨んでんだもん。前髪みじかいぶん、顔がはっきり見えた。真顔こわすぎ。家にあった古人形に似てる。こないだの供養祭で焚き上げたけど。
「だから、なに!」
そいつ口開かずに、バッチリ指差してきやがった。先生に言ってやる、ってか。いやおれ何もしてないって。
むしろ褒められるべきなんだよ!
「あんたがやったの。これ」
口パクみたいに喋る奴。遠くないのに距離がある。
きづいた。
そいつが見てるのはおれじゃなくて、おれが持ってる箒と、となりに積み上がる山々だってこと。
「……そうだけど。なんか文句あんの?」
言いつつ、口角があがる。
見ろよ周りを。
この丁寧な作業の成果を。
ベンチの上、側溝の中、街路樹の下。二時間かけて一人で掃いた。
どこも完璧なはずだ。
そいつはまばたきもしなかった。
当然、周りを見渡すこともしない。
なんか恥ずくなって、とりあえずこの空気を終わらせるためにバサバサと袋を広げる。はやく帰らんと。風吹いてきたし……。
背中向けてせっせと詰め込んでたら、いつの間にかそいつはいなくなってた。
ほんと、ヘンな奴。学校で話のネタにしてやるか。
荷物を両手に提げたところで、明日は休みなことを思い出す。
月曜なのに休みなのは、なんとかの日。だかららしい。
なんの日かは忘れた。
特にワケはないけど、また来てみたり。ちゃんと昨日の成果は残ってる。歩きやすいし、ピカピカだ。おれすげー。
階段を二、三段飛ばしてみる。
てっぺんの踊り場に、そいつがいた。
地面にぺったり座って、スケッチブックひらいて、画材ひろげて、なんか描いてる。
きづいた。
昨日そいつが、もう片方の手に提げていたもの。
足音立てずに忍び寄る。
絵だろうな。そんなことしか頭に無かった。
ちがった。
もうここには無い風景だった。
【落ち葉の道】
君にねだって、あたえてもらった小鳥がしんだ。
すこしねて起きたら、鳥かごのなかで動かなくなっていたんだ。
水やたべものはあたえていたし、かごのなかでは飛べないまでも、ほそい足であるいていたのに。
まえから弱っていたのかな。
わからない。
すきまから指をさしいれても、とどかないので、体温をたしかめることもできない。
でもきっと、しんでいる。
檻から開放していたら、長生きしたのだろうか。
わからない。わからない。
涙をこぼして数分後、君がやってきた。
おどるように、かろやかに。膝丈のスカートをまわして。
くるり、パタンと、とびらが閉まる。そして、壁と見分けがつかなくなった。受取口とおなじく。
「泣いているの?」
君はあの小鳥のように、首をかしげる。かごをみせると「あら。ざんねんね……」
「でも泣くことないわ、すぐに次のおともだちを入れてあげるから」
きょうの午後には用意ができる、なんて君がいう。そこで、いまは午前だとしったけれど、そんなことはどうでもよかった。
そうじゃない、と僕はいった。
あたらしいともだちが欲しいんじゃない。
ただ、この鳥が飛ぶところをみたかった。
空はないし、まどもないけれど、はばたくところを目撃したかった。一度だけでも。
「鳥かごを開けてあげなかったの?」
君がおどろいた顔をする。
「その子をあげたときに、鍵もいっしょに渡したでしょう?」
……そんなわけない。もらってない。絶対に。
ひっしに訴える僕を、君はじっとみていた。しだいに、こうなるまでずっと、なにも言わなかった僕が悪いように思えてきて、やっぱりそうだと思って、口をつぐむ。
籠を与えられたときだって、錠の鍵穴には目もくれず、さびしさを紛らわす存在として見ていたくせに。
僕はこの子のことを、何も考えていなかった。
せめて、僕自身の手で弔ってやりたい。
せめて、その小さな身体を、両の手で包んでやりたい。
途切れとぎれの、拙い要望だったけれど、君は最後まで聞いてくれた。ひとつ溜息をつくと。「残念ね」
「少し前のあなたなら、泣く理由も隠していたはずよ」
一歩、また一歩、近づいてくる。
「成長するのって本当に早いわね。今、こうして話している間にも……」
意地悪をしてごめんなさい。あなたの言う通り、鍵は私が持っていたの。
「解放してあげる」
そこで君は来てからずっと、後ろに組んでいた両手を解いた。僕は錠の位置を確認し、鳥籠を差し出す。スカートがふわり、揺れ、
「パパ。わたしよ」
「じつは、かわいがっていた子がしんじゃったの。とってもかなしくて……」
「ほんとう?すぐに? ありがとうパパ、だいすきよ」
「それと、おねがいがあるの」
「つぎのおへやには鍵付きのとびらと、まどがほしいわ」
【君が隠した鍵】