それはとても静かにやって来る。
目の合った野生動物が後ずさるように。
クラシカルな街路灯が順にともり始めたときのように。
降りしきる細雪がアスファルトに吸い込まれてゆくように。
とても静かに積もるので、誰も予兆に気がつけない。
追いついたとおもったら、それは晩秋だったりする。
つかまえたとおもったら、それは浅春だったりする。
どうにも捉えどころのない。
それが厳寒の麗しさである。
【冬の足音】
呼び出されるように待ち合わせて、映画を観た。
ずっと気になっていた映画。前に話したの、覚えててくれたんだ。
「その話ばっかでうぜぇから」
並んだ席を二枚発券。チケットの作品名を何度も眺める。
君も、じっと目を凝らして。
「『たゆたえ!鮭の漂流記』……なんだよこれ本当に」
上映後のランチで感想会。鮭が鮫におそわれるシーンが素晴らしかった。あと網にかかったところで泣きそうになるし……
力説してると手が止まっちゃう。
君はなんともいえない顔。でも相槌を打ってくれる。
「いいからさっさと食え」
デザートのパフェとケーキは半分こ。
夕暮れが近づいたから手を繋ぐ。
隣を見れば逸らされる。
こんな日がまたあればいいな。ふと思う。
思っていると、繋いだ手とは反対に、何か差し出されていることに気がついた。
高級感のある黒塗りのケース。
「中はカラだから」
よくある映画のよくあるシーン。
そのはずなのに、やっぱりどこか君らしい。
これから行くとこで選ぶからと、押しつけられたそれを開くまえに、君に飛びついた。
【贈り物の中身】
ちかり。流れて消える。
前方の人影がわずかに揺れ、追いますか? と声がした。
さらに前方に揺れる影。いや、見送ろうと応えている。
会話が終わり。
天をのぞんで影々は揺らめき、そのたび星空はスクリーンとなって。
尚々遠くに思えてならない。
ちかちかり。
立て続けに流れ、消える。そこでまた、追いますか? と誰かがいった。炎々揺らめく。応えはない。
見送ろう。
我々を導くのは星ではない。
底を見よ。きしむ湖上の地の底を。投影とはなにか?
真正を映すものか?
応えはない。
各々足元に気をつけるべきだ。灯芯が冷え切らぬよう。
【凍てつく星空】
あらすじを読んで 満足するような
軽くて薄っぺらで 量産的な
そんなものだって投げ捨てたのに
ぺらぺら流して 結末も見ないで
ほんとは誰が主役とか 脇役とか悪役とか
興味持てずに周りの矢印が消えていくのを
俯瞰してペンを回すだけ
はじまりからおしまいまで
出来事は全部決まってるのに
外伝 裏話 後日談 何も望まれていないのに
それでも生きたいと思うのはなんでだろう?
必然なのに 出逢えてよかったと思うのは
運命なのに 意味を付け足してしまうのは
本の厚みは変えられないのに
知らない未来を探すのは
これ以上心残りを置いていきたくないよ
今更なんて言ってほしくないよ
誰かが書かないと進まないよ
もうその誰かはここにいるの
【君と紡ぐ物語】
城内食堂の振り子時計がとまっている。場のなによりも象徴的だった。
埃積もったテーブルクロス、放置された燭台。
ロウはただれて乾いた姿。
時が留まることは無い。今、こうして靴底を鳴らす人間だって居る。
しかしこの場で歩みを止め、息を止めたなら。
どうだろう。
ホールに広がり下りる段差。
冷気を逃さない回廊も。
静寂に満ち満ちて、耳が痛くなる程に…………聴こえてくる。
――済まないが少年、今の時刻を教えては貰えないだろうか。友人との待ち合わせに遅れそうでね……
――十五時を二分ほど過ぎました。
――有難う。この辺りに屋外時計は見当たらないが、どうして分かるのだね。
――遠くで三回、鐘が鳴ったから。
――ああ、チャペルで式を挙げているんだろう。君の左ポケットの懐中時計はより正確な答えを知っているよ。
――…………。
――お前さん、名は?
――知りません。在りません。
――向かいの洋菓子店のパンを食べた事は?
――有りません。
――少し待っていなさい。
空風が吹き抜ける。
……秒針は動いていただろうか。
踵を返すと、枯れ枝が擦れて鈴の音を鳴らした。
【失われた響き】