物憂な空を見つめる。
何かの不安や、悲しみに想いを巡らせる。
2本目のタバコに火を着けるか迷い、
火を着ける、空に煙が消えてゆく。
今朝は何も食べてなかったと、
コンビニまで歩く、おにぎりを2つ買う。
ただの生活、ただの日常。
そして、夕方を迎え夜になる。
朝、いつもの様にタバコに火を着けて、
物憂に空を見つめる。
I love youとは言えないけれど、
僕は君を愛してる。
「太陽のような〇〇〇」
このフレーズを前にすると、眩しく目が
霞むように、はっきりした光景が浮かばない。
太陽のような君?太陽のような笑顔?
輝かしいが具体的ではない、太陽が強すぎて
いるのだ、ポジティブ評価の最上位に近い。
何か変わった表現はないのかと調べてみた…。
まさかの気象用語に興味深い言葉があった。
「日暈(ひがさ・にちうん)」
太陽に傘がかかると言う現象との事だ、
なんてロマンチックな表現。
太陽に傘がかかるんだよ!
雨の前触れだそうだ。
あの太陽だって、傘をさすんだよ。
太陽のような笑顔のあの人も傘をさすんだよ。
自然数に0を含むかどうとかは言わない。
ただ、以前。
駅構内で外国人にこの駅に行く電車に乗りたい
とメモを見せられた。
観光地がありそうにない駅だった。
とりあえず、僕は線路図パネルまで連れていき
ここから1、2、3、4、5と指差して、そこの
ホームから乗ってと伝えた。
いいことをした!
さぁ、僕も帰ろうと電車に乗った。
地元の駅に着く頃、
ちょっとした不安に襲われる。
さっきの案内は、何処が一駅目だったかだ。
今居る駅を1つ目としたのか、次の駅を1っ目
としたかだ…。
今となっては、居る場所が「0から」だとか、
理屈をこねたって仕方がない。
ただ心配なのは、あの人は無事に目的地に
行けたのだろうか。
「ご同情申し上げます」
僕はこの言葉は使いたくない、
何故か権威的なイメージを受ける。
大抵の場合、この言葉を使った人は
この場に居ない、又はその場を去っている。
つまり、寄り添ってないのである。
誰かの悲しみに寄り添う時は、
同情などしなくていい。