僕は永い人生という旅をしてきた。
人と出会い、別れ、また出会っては別れてきた。
そんな僕も、もういい年齢だ。僕、いや、儂と自称したほうが似合うだろう。白髪とシワに刻まれた記憶と思い出が今の儂を形成している。
でもそろそろ、疲れてきたよ。
友人との別れ。家族との別れ。運命は残酷な引き裂きかたをするものだ。親友は自らの手で幕を下ろした。家族は皆、病気や寿命で旅立った。もうじき、儂の番じゃろう。
この世のものをあちらには持っていけない。儂はエンディングノートをつけ始めた。山のように集めた書物も引き取り手を探さねば。元気なうちにやっておくのだ。旅じまいの準備を。
【旅路の果てに】
わたしは先天性のPCOSである。と、二十歳の頃に婦人科で告知された。卵巣に卵子が詰まりやすく、無排卵月経と多排卵を繰り返し、多胎児を産みやすいと言われた。
多胎児の妊娠についてはテレビで見たことがあった。多く産まれすぎても母体共に危険になる。なので胎児のうちに間引く必要があると知った。
わたしには命の選択はできないと考えた。中絶の中継エコーを学生時代に見ていた。鉗子から子宮内を逃げ惑いバラバラにされる胎児の声なき悲鳴を見た。
子供は諦めた。居たとしても何が出来る? 罵詈雑言とDVとネグレクトを受けてきて、他の家庭を知らないわたしに。連鎖を起こすのが怖かった。
どうか同じ想いをして、今お子様のいる方へ。連鎖は止めて欲しい。子供は未成熟なだけで、人間なのだ。
【あなたに届けたい】
わたしはラブという感情がわからない。
大人になって、親から逃げるために結婚して、その後数年かそこら経ってから、自分がアセクシャルだと知った。そういう言葉があることを知らなかった。
無性愛者。日本語で言うとこうなる。
わたしにとって、周囲は全て同性なのだ。
恋愛対象ではないし、恋愛感情も性欲もない。
もともとなかった。高校卒業の時、美術教師に、「永遠に変声期前の少年」と評されたのが強く心に残っている。
【I Love......】
田舎に越して、まず駅ビルがないことに驚いた。
改札を出ると小さなお土産屋さんがあるだけで、高い建物もない。ある意味ターミナル駅なのに、関東南部から来たわたしにはカルチャーショックであった。
更に、車両を借りているのか、電車内にある路線図が別の県の地下鉄の図である。見ても現在地がわからない。そもそも載っていない。行きたい方向というか、どこ行きの電車に乗るべきかがわからない。◯◯行きと◻︎◯行きが正反対の向きで、乗り間違えると次の電車は早くて一時間待ち、遅いと三時間以上待つことになる。車社会のため、電車は学生さんが乗る時間くらいしか来ないのだ。
免許のないわたしはこの田舎で暮らしていけるのか不安だった。無人駅で彷徨った経験もある。街は便利に整えられている。多くの人が関わって保っている。今は当たり前ではないその利便性に感謝しかない。
【街へ】
わたしは親から優しさは貰えなかった。父は先回りして過保護で過干渉で、俺の言う通りにすれば良いんだと価値観を押しつけてきて、わたしの夢を潰し、お前は無知で無能だから口をきくなと命じられた。重篤な病気を患ってからは、早く死ねとまで言われた。
わたしは罵倒されて生きてきたので、人の粗探しがうまかった。ある時、粗探しが出来るなら良いところも見つけられるのではと発想を転換した。以来、人を褒めることが増え、優しい人と言われることも増えた。
ただわたしは、厳しさを伴わない優しさはただの甘やかしだとも思うので、言うべき時には苦言を呈することも多い。ただその時に、無意識にきつい言い方をし過ぎてしまうのが自分でも悩みである。
【優しさ】