自分でいることの安心感って小さな太陽みたいだなって。そう思うんです。
自分に自信を無くしたり、自分を傷つけてしまったり。
気持ちが沈むように太陽が沈んで、真っ暗な心になることがあります。
でもそれは夜明けを待つように自分でいることの安心感を求めていたら、いつかは太陽が昇って、心の温もりを感じる。
その度、「ああ、これが私らしさ」だなと。
安心感を得たり、無くしたり、安心感を得た感覚を思い出したり。太陽のように見え隠れするのと同じだなって。
今まで安心感は太陽のようにここまで言ってきた。
でも実は自分でいることの安心感を最も感じるのは、夜。自分の部屋に籠って寝る前に心を落ち着かせるときなのだ。だからこそ、太陽が外にない時間、自分の心と向き合って温もりを感じる。
その時の安心感がが「小さな太陽のよう」。
そういった表現をしたのだ。
皆さんの心の中には、小さな太陽と呼べるような、
暖かいものが心にあるだろうか。
なくてもいいよ。朝、太陽を浴びれば少しでも心は明るくなる。「太陽のような」ってお題だけれど、結局一番求めているのは、「太陽」だよね。
太陽のような
「逆光」
背後から照らされる光はあまりにも眩しい。
目には入ってこない光。
それでも逆光が自分を通りすぎて、
目の先を照らす人や物が酷く輝いて見える。
それらが眩しい。
背中だけが暑い。
太陽が背中を押してくるような感覚というより、
自分の影を踏んで太陽から逃げるように歩いていく感覚。
私の人生は影を踏んで踏んで、
たまに振り返って太陽を見るけれど、また影を踏んで。
いつまで経っても明るい自分を肯定できないみたいに、
暗い自分を突き詰めて責め立てていく。
それが私の人生でしかないのだ。
そう、逆光はいつまで経っても嫌い。
受け入れたくもない。
太陽なんてなければ、逆光なんて存在しないし、
明るい自分がいなければ、暗さしかないから、
それを「ただの自分」だと肯定できてまだ楽なのかもしれない。
でも、死ぬまで太陽はあるし、
生きてたら明るい自分はきっとくる。
明るい自分も暗い自分も肯定できたら、
360度、どこへでもいけるのかな。
逆光の眩しさを受け止められるかな。
冬の澄んだ空気が暖かく感じる。
自然の風のはずなのに、
なぜか実家のヒーターからの暖風と似ていた。
温かさだけじゃない。懐かしさも。
一つ前の冬の暖かい風なんて、何年前に感じただろう。
実家にだって、ここ数年帰っていない。
冬の暖かい風の後に来る冷たい風が私を寂しくさせる。
厚着の枚数が少ない寂しさは元からあったけれど。
当たり前に感じていた「一人」の寂しさが来た。
冬の冷たい空気ほど当たり前に感じていた「一人」が
暖かい風を感じたことで、「実家」を求めた。
私は心に火が灯ったような感覚になった。
この火が消えないように。
そう思って暖かい風を追いかけるように、
実家へと向かった。
きっと運命的な自然の暖かい風よりも、
実家の暖かい風の方が運命的な空気であり、
そんな空間なんだろうな。
幸せとは
幸せよりももっと単純で美しいものを探している。
「単純」とか、「美しい」とか、よく分からない言葉。
私はよく分からない。
なぜなら、どこからが単純で、どこからが美しいか、
分からない。
そんな言ったら、どこからが複雑で、どこからが醜いのか。いやどんな言葉だって分からないのかもしれない。
それらの言葉は人それぞれの基準であって、
基準における「正解」など分からないじゃないか。
そうだ。私の目指しているものの手前にある「幸せ」だってもっと分からない。
曖昧な言葉こそ、それになろうとすると、
不安とか心の迷いが起こる。
そんなこと考えたら、
最初に言った「幸せよりももっと単純で美しいもの」
これってなんだ?
心から適当に引き抜いた言葉の意味が不可解に感じてきた。
私は、「幸せ」に対する不信感がある。
「幸せ」って、まるで人生を救って明るくして、このままでいたいと思えるようなものだと、子供の頃は思っていた。
そんな、子供の頃、感じていた「幸せ」とは別れ、
大人になって裏切られた。そんな幸せなど幻想だと。
それから私は「幸せ」よりももっと綺麗な存在になりたいと思うようになった。
例えば、「健康的な心身」のような、
人間本来の状態が綺麗な存在だと思っていた。
私はそんな状態からは、かけ離れている。
心身共に健康とは言えない。
だけれど、なんとなく漠然とした願い。
それが「単純で美しいものになりたい」。
それが私にとっての綺麗な存在。
逆に私にとって、複雑とか、醜いとか、
そんな言葉を人間に置き換えると、
不幸な人間が思いついた。
私はきっと「私は幸せになりたい」と言えるほど、
単純になるべきかもしれない。
その単純さが美しさを滲み出すのなら、
私の望みは幸せなのかもしれない。
私の望みは、
自分が思っていたよりもっと手前にあったのだ。
私の心から出る言葉を作品化しようとして、
「幸せよりももっと単純で美しいものを探している」と
書いたが、私には素直さが足りなかったようだ。
素直になれば、自ずと幸せになるためのスタート地点が見つかるのだろうか。
さて、私はどんな幸せが好きだろうか、
「君と見上げる月…🌙」
新月になればいいのに。
誰かを想える余裕がないほど、
心が真っ暗になれば、
心の愛が満たない私の悩みだけで済むのに。