お題:雪原の先へ
オオヤマネコという種族は難儀なものだ。雪山に住みついた先祖は吹雪を耐える毛皮を手に入れたはずなのに、炎天下では暮らせない身体を残していった。
どうかしているとは思っている。新都市開発に向けた設計図を盗み取り、考案者を塗り替えようとするとは。
だが、どうにかしなければ、愛する妻子や親類が肩身の狭い思いをするのは目に見えている。私が投資家にならなければ、家族は今上に苦しんでいた。ただでさえ、今も暑さに耐えられないはずなのに。
全ての動物達のために設計された楽園に、我々のような極寒で暮らす生き物の居場所はあまりに少なかった。少なすぎた。
雪原の先へ、さらに雪原を広げよう。我々の子ども達のために。家族のために。そのためなら、私はどれだけ汚れようと構わない。
(※映画『ズートピア2』を観てきました。)
お題:消えない灯り
突如、明良はカフェの店員が手渡してきたコーヒーを無造作に振り払った。盛大な音と共にコップと同じ高さに詰まった氷とアイスコーヒーが床に散乱する。
そんな想像をした。すべって来た、が正しいかもしれない。気付かないうちに溜まっていた静電気がふとしたきっかけで身体から流れ出ていくように、思いもしない想像が突然頭の中を「すべって」来る。そういう時は大抵、無意識に疲れを感じているのだと、明良は知っていた。
長閑な日差しが心地よい十四時頃。思ったより早く用事が済み、残りの時間を緩やかに過ごそうと思っていた時だった。カフェ選びに悩みすぎたからかもしれない。レジ列の先頭に立ち、ようやく注文ができると思った最中に「すべって」来た。
「──お客様、いかがなされますか?」
メニュー表に視線が縫い付けられていた。一向に注文しない私を見兼ねてか、店員が慇懃に尋ねてくる。注文は決めていたはずなのに、頭の中はそれどころではなかった。こんな調子では、イートインなんて出来そうにない。
「アールグレイティーのホットを一つ。持ち帰りで」
「かしこまりました」
順当に支払いを終えた後、すぐさま取っていた席からコートをひったくり受取カウンターの前に立った。いくら手際良く動いても「すべって」来てから頭はずっと薄ぼんやりしている。
やがて紙コップを受け取ると店員の声を背に外へ出た。
陽気な日差しの下、木枯らしが身体を吹き付ける。当然だが、今まで私の中に「すべって」来た想像が現実になったことは一度もない。それは分かっている。これからもきっとそうだ。それでも──。
いつの間にか、紙コップを持った手を片方の手がさすっていた。水面に投げられた石のように、「すべって」来た想像が不安を波立たせていく。堪らなくなって歩き出した。意味もない危険信号が私の中で繰り返し点滅していた。
お題:きれいな街並み
朝から降り続いた雨がようやく止み、俺は今にも溜まった雨水が落ちてきそうな公衆トイレから足早に立ち去った。
雨雲は太陽にすっかり食い尽くされてどこにも見当たらない。相変わらず古傷だらけのこの街を今度は日照りが容赦なく蝕んでいた。
それでも、水溜まりに映った街並みはどこか知らない国のようで、少しだけ綺麗に思えた。