ピーンポーン
毎朝、チャイムを鳴らしてやってくるのは、俺の幼馴染。カバンを手に取り、母さんに行ってきますと言ってドアを開けた。
「おはよう。智くん」
朝からこんなにキラキラした笑顔を振りまく彼、翔くんに少し圧倒されながらおはようと返した。
翔くんはいつもたくさんの話をしてくれる。口下手な俺はそれにうん、とかそうなんだ、とか相槌を打つだけ。でもこの気を遣わない雰囲気にいつも助けられていて、この時間がいつも楽しかった。こんな日がずっと続いてほしい、そんな思いだった。
しかし、
ある日、いつもの時間にチャイムが鳴らなかった。
おかしいなと思い、扉を開けた。でも翔くんの姿はなかった。
学校に着いて、翔くんの席の方を見てもただ机と椅子が置いてあるだけ。
2日目、3日目になっても翔くんはウチに来ることはなく日は過ぎていった。
翔くんがいなくなってから数日後、母さんからポストに入ってたわよーと手紙を渡された。書いてあった内容は
“また明日”
ただ、それだけ。
こんな状況になっても、俺は自分から何かしようとはしなかった。今考えれば、迎えに来てくれたのも、話を振ってくれたのも、翔くんからだった。
朝、家を出る時間になった。
時計はいつもと同じ時刻を指している。
もちろんチャイムは鳴らない。
それからの朝は、静かになった。
俺の旅路の中で、1番思い出があるのは貴方に出会ったことだ。
君にごはんを作るんだ。でもちっとも減らない。
「いってきます」「ただいま」も勿論言うよ。返事は返ってこないけど。
なんであのとき素直に言えなかったんだろう。
理由は単純。
照れくさかったから。
それでもずっと待っていてくれた。
君の優しさに気づかなかった。
でも、今なら言える。
君が好きだ。
日も落ち外が真っ暗になった今、帰ってくると電気も点けずにゆらゆら揺れる火を見つめる彼の姿があった。
「っ、え?智くん?」
「んあ、しょおくん、おかえりー」
俺の声に気づいた智くんはふにゃふにゃと可愛らしい顔で手を振っていた。
「あなた、電気も点けずになにやってんの」
「えー?ふふ。たまにはいーでしょー?こういうのも」
イマイチ彼の考えていることが分からないが、まあ楽しそうならそれでいっかと考えを放棄した。
「ね、そこに突っ立ってないでこっちきなよ」
床に手をポンポンと叩いて隣に来るよう促した。
「これ見て何が楽しいの。良さが分かんないんだけど」
「もー、翔くんは全然ロマンチックじゃないなあ。このゆらゆらしてて消えそうで消えない力強い炎ってカッコいいじゃん」
俺には到底理解できない。このロウソクからそんなことを感じ取れるとは…やっぱり考え方や感じ方は全然違うんだなあ。
「…まあいいけどさぁー。飽きたらさっさと火消してご飯食べよ?」
「もお、なんか冷たくないー?…う、ご飯って聞いたらお腹空いてきた」
ぎゅるる、と智くんのお腹が鳴り、少し笑ってしまった俺を見て、へへ、と恥ずかしそうに笑った智くんはふぅーっと火に息を吹きかけた。
気温がぐっと下がりこたつから出られない今日このごろ。テレビを見ながら机にあるみかんを取ろうと手を伸ばしたら、突然隣にいる恋人がこちらを向いた。
「ねぇ翔くん」
「ん?どうしたの?」
「今からイルミネーション見に行かない?」
この寒さを知らないのだろうか。こいつは。
「えーやだよ、智くん1人で行ってきなよ」
俺は絶対この家、というかこたつから出たくない。これだけは死守しようと冷たく返した。
「なんでだよ。1人でイルミなんて寂しいだろ!」
「大丈夫だって。周りの人はあなたのこと見てないから」
「ひどっ!なんか今日冷たくない?」
ごめんね智くん。正直イルミはあんまり興味ないんだよなあ…。恋人は不貞腐れたのか、机に顎を乗せて好きでもないお笑い番組を見ている。
「しょおくん…謝るなら今のうちだよ?ほんとに俺だけで見に行っちゃうよ?いいの!?」
「あーはいはいどうぞいってらっしゃい」
「…」
ありゃ、本当に何も言わなくなってしまった。ちょっと強く言い過ぎたか…。
「いっしょに行きたかったなあ…」
目をうるうるさせてこちらを見つめてきた。自分の方が背が高いので少し上目遣いになっている。俺がこれに弱いと知ってか知らずか…。
「う…もう分かったよ。寒いから少しだけね」
「ふふ。やった」
にこっと笑った顔に不覚にもきゅんときた。
玄関のドアを開けた瞬間、家と外の温度の差に、思わず身震いした。
「うう…さむい」
ふう、と息を吐くと白くなった。
「あはは、翔くん息白いねえ」
「そういう智くんだって!」
笑いながら道を歩くのは、家にいるときより断然楽しい。たまにはこういう日があってもいいなと思った。
「さっとしくーん!」
その声がして教室のドアを見ると、俺の幼馴染の翔くんがにこにこしながら手を振っていた。
彼とは幼稚園からの付き合いでいつも傍にいてくれる親友である。高校も一緒で、俺より勉強ができる翔くんはもっと頭の良い高校に行けたのだが、『智くんと一緒にいられないなら意味ないよ』と告白もどきの言葉を言ってきて、そういうことは女の子に言ってあげなよ、と返したのを覚えている。
帰り道、翔くんは今日あの先生が厳しかった、とか体育の時間に靴紐が3回もほどけた、とか学校であったことをいっぱい話してくれた。くだらない話でも笑っていられるこの時間が、俺はとても好きなんだ。
「翔くんってどーでもいい話でも面白い話に変えるよね」
「ああ、ありがとう…って今どうでもいいって言った!?え、言ったよね!?」
「あははっ」
2人顔を見合って笑う。
いつまでもこの時間が続けばいい。
そして明日も、また一緒に帰るんだ。