「ふとした瞬間」
ふとした瞬間に、飼っていた猫の事を思い出す。
あの子、今頃お空でお母さんや兄弟達と会えてるのかな?とか、あの子ちゃんと幸せやったんかな?とか。
自分なりに大事にしてきたつもりだった。
でも、それがあの子にとって、本当に幸せだったのかな?って不安に思う。
言葉が通じ合う人間同士でも行き違いがあるのに、言葉を話せないあの子と、意思疎通出来てたと思ったのは私のエゴかもしれなかったって、不安になる。
だから、次の子をお迎えしようかな、って思っても、二の足を踏んでしまう。
保護猫カフェに通って、寄付もして。
少しでも猫達が幸せになるかも、って自分に出来る事はしてるつもりだけど、それはあの子に対する贖罪で、ただの自己満足なのかな?って思うときもある。
でも、人でも猫でも。
相手の気持ちは分かったつもりにはなれても、ホントに分かったかどうかなんて確認出来ない。
だから、せめて今目の前の事を一生懸命こなしていくしかないと思う。
あの子には自分の精一杯で接した。
これからも、他の人にも猫にも、精一杯接していく。
私にはそれしか出来ないから。
そうやって生きていたら、あの子の元に行った時に、迎えに来てくれるかな?あの頃みたいに、スリスリしてくれるかな?
会いたいよ……
「どんなに離れていても」
たとえ物理的な距離がどんなに離れていても。
貴方と私の心の距離は、限りなく近いと思っている。
私の心の中にはいつも貴方が居て。
貴方の心の中にも、いつも私が居ると信じてる。
例え姿が見えなくても。
例え貴方の温もりを感じる事が出来なくても。
でも、心の中ではいつも想い合って、支え合って、励まし合ってる。
きっと、心の距離は誰よりも近いと信じてる。
だから、淋しくないよ?
貴方に逢えなくても、声が聞けなくても。
もう貴方の存在がこの世になくても。
でも、私の心の中にはいつも貴方が居るから。
だから、淋しくないよ?
今でも時々泣けてくるけど、私は大丈夫だよ?
だから、貴方も安心していて。
そして、いつか私が貴方の元に行ったら、抱き締めてね。
その日まで、貴方の面影を胸に、私は頑張って生きていくから。
貴方に恥じない生き方をするから。
「こっちに恋」「愛にきて」
ただの言葉遊びなんだろうけど、奇しくも「恋」と「愛」の違いが出てるなぁ〜って思った。
相手を自分側に強引にでも引き寄せたいのが、恋。
相手に選択権を預け、それでも自分の所に来て欲しいと願うのが、愛。
厳密に言えば恋ってもっと楽しい要素も切ない要素もあるし、愛ってもっと深いものだと思う。
でも、おおまかに分けると、言い得て妙な、この言葉遊びだと思った今日のお題。
「巡り逢い」
貴方と出会えた事も、別れた事も、又巡り逢えた事も。
全てが偶然だったのか、必然だったのか、運命だったのか。
私にはそんな事は解らないけど。
でも、貴方が大切で、愛おしくて。
この気持ちはきっと本物だと思う。
だから、貴方と出逢えた、巡り逢えたこの奇跡を、感謝している。
「どこへ行こう」
どこへ行こう?
誰も居ない所に行きたい。
もう疲れたよ。
いつも私ばっか一生懸命で。
私ばっか家事も育児も全部して。
俗に言う見えない家事や学校関係の事、地域の役員、人付き合い、親の介護。
もう、ホントに疲れた。
もう、これ以上抱えきれない。
もう、私にはキャパオーバー。
でも、貴方は今まで通りで何一つ変わらず。
ただ仕事だけしかせず、結婚前と何一つ変わらない生活を続けてる。
そして、仕事しかしてないのに偉そうで、思い遣りもなくて。
私に対してだけなら許せるけど、子供に対しても同じ態度で、愛情が感じられない。
貴方は幾つになっても、自分が一番可愛いの。
大切なのは、自分だけなの。
それが分かるまでに私は長い時間を費やしてしまった。
ホントに、無駄な時間過ごしたと思う。
そして今、疲れ果てた私が居る。
ホントにどこかへ行ってしまいたい。
誰も居ない場所へ。
全てを放り出してしまいたい。
貴方の、脱け殻となった肉体も、血みどろの包丁も、全てを投げた出して、どこかへ行きたい。