『1000年先も』
寿命の話になるといつも思う
特に今回の場合だと
1000年と言う時間
私はいつも
そこまではどうなんだろう…と思う
例えば、もしも
肉体だけは全盛期な不老で
長く生きていけるとしても
それはそれで悩むことがある
人の頭が、本当に―――
1000年分の知識を
蓄えてられるだろうか?
1000年分の出会いと別れを
どう受け止めるだろうか?
1000年分の頑張る力が
あるものなのだろうか?
アニメや漫画ではたまに
数百年のエルフだとか
長寿を得て神になったとか
悪魔の寿命の長さだとか
聞くのは聞くし楽しいのは楽しい
なんならそういうのは好きなぐらいだ
だが……、
もしも実際にそれを自分ができるのか
本当にまともなままで生きられるだろうか
と、たまによく考える
100年生きるのもやっとの人間に
1000年分の重みというのは
本当に重たいものなのだと、私は思う―――
〜シロツメ ナナシ〜
『わすれなぐさ』
私は、忘れてないよ
あなたとまた
ここで会うって、約束したから
次はいつ会えるのかな?
明日?来週?それとも来月?
日にち決めるの忘れてたね
もしもあなたが
忘れていたとしても
この河辺で育てた
お花と一緒に待ってるよ
このお花を見た時に
あなたがきっと思い出せるよ
私は、あなたなら待てるよ
ずっと、ずーっと―――待てるからね
〜シロツメ ナナシ〜
『ブランコ』
明日もきっと 会いたいな
名前も知らないあの子だった
だけどついつい遊んでた
たまたま隣のブランコで
揺られてつられて 笑ってた
無邪気な笑顔に安心してた
楽しくって忘れてた
名前を聞くのを忘れてた
次も会えるかわかんないけど
明日もきっと 会いたいな
ブランブランと ゆらしながら
〜シロツメ ナナシ〜
『旅路の果てに』
みんなゴールは一緒
この世でどんな最高な旅をしようと
何にもなかった平凡な旅をしようと
恵まれなくてどん底な旅をしようと
極悪極まりない残虐な旅をしようと
エンマ様の前を必ず通る
―――そこから先はどうだろう?
酷い行いをした人達は
もう一度新たな命が待ってるのだろうか?
善良を終えた真っ当な人達は
死後の生活が与えられるんだろうか?
現世の果ては人の死
次の旅路に持って行けるのは
技術か、思い出か、反省か、教訓か
ひとつ共通してるのは
全て頭の中にあるということ
つまり、『記憶』だ
物理的な荷物は持っていけない
なら、
持てるだけ持って行ける
人に話したくなる『記憶』を
少しでも沢山持っていきたい
人に自慢できる思い出……
これからどんな記憶を、私は創れるかな?
〜シロツメ ナナシ〜
『あなたに届けたい』
とどけ、とどけ、
あしたのわたしに
はこべ、はこべ、
きょうの しあわせを
いこう、いこう、
おなじような あしたでも
かわる、かわる、
あなたは まいにち かわってる
へーき、へーき、
ちょっとつよがってるけど
いける、いける、
つぎのいっぽを ふみだせる
わらった、わらった、
あなたがはじめて こころから―――
〜シロツメ ナナシ〜