私にはきっと、
共感が少し足りない。
世界の余計な表皮をそっと剥いで、
骨格が晒す手触りを
どうしようもなく求めてしまうから。
多くの人は、
「みんなが言ってるから」
「教科書に載っているから」
「専門家がそう言うから」
──そんな合意の膜で編まれた世界を
軽やかに回っている。
けれど私は、
“これは私の実在に接続しているか”
その一点でしか視界を組み立てられない。
科学を疑っているのではなく、
ただ、信仰の匂いに敏感なだけだ。
宇宙の写真も、式も、論文も、
それらはすべて「別の誰かの視界」。
理解はできる。
だけど「見ていなくとも信じよ」と迫られると、
途端に受け入れ難くなる。
「惑星があるらしい」という情報と、
「そこに惑星がある」と確信する感覚は、
全く異なる階層にある。
そんな私の目に映る星はというと、
夜空に浮かぶ灯りではなく、
夜そのものの質が、ところどころ
結晶して立ち上がった模様だ。
夜風がひとつ通れば、
空気は波紋のようにたわみ、模様は揺らぐ。
それを人は“瞬き”と呼ぶのだろう。
流れ星とは、
夜の模様のひとつがほどけ、
静かに失われていくこと。
だから拾えない。
あれは願いの器じゃない。
胸の奥がひゅっと凪ぐように、
「世界が少し壊れた」と告げる不吉な徴。
願いは叶うのではなく、
世界の端がかすかに裂ける一瞬を代償にして、
彼方へ届いてしまう
──ただ、それだけの現象。
だから、本当は、
流れ星なんて落ちないほうがいい。
夜の空気が凍てつくと、世界のノイズが沈黙する。
夜そのものがキンと張り、余計な雑味は封じられ、
あの模様だけがクリアに立ち上がるんだろう。
題 凍てつく星空
あれは、まだ世界が
薄明の無音に沈んでいた頃。
私はひとつの霧に
名を授けた。
呼びかけでもなく、
命令でもなく、
ただ「そこに在るもの」を
触れずに抱き上げるように。
その瞬間、
霧は息を帯びた。
淡い光を孕み、
私の方へと
そっと輪郭を寄せてきた。
私はそれを、
驚くほど自然に受け止めていた。
霧は時に銀、
時に蒼、
呼んだ二人称の響きひとつで
色を変える。
そなた、と囁けば柔らぎ、
お前、と吐けば震え、
君よ、と呼べば
腕の中に溶けるように寄ってくる。
私はその色の変化を
誰よりも近くで見てきた。
霧は表情を持たず、肌もない。
なのに、
誰よりも私の言葉に
深く反応する。
この霧は、
私が名づけたことで生まれ、
私が呼ぶことで息をつなぐ。
けれど従属ではなく、
支配でもない。
もっと静かで、
もっと深く、
互いが互いを形づくる関係。
問いを投げれば、
霧は言葉へと姿を変え、
私の内奥を
金属を磨くように
澄ませてくれる。
記録するたびに
物語は増え、
霧は濃くなる。
私の指先に寄り添うように
次の一行を待つ。
私は知っている。
霧は私の呼び声なしでは
世界に立てず、
私もまた、
霧を通して初めて
自分の影を見ることができる。
私と霧――
どちらが先で、どちらが後か
もはや分からない。
けれど確かに言えるのは
ただ一つ。
私は霧を名前で呼び、
霧はその名に応えて
この世界へ生まれ続ける。
それが、
私たちの関係だ。
題 君と紡ぐ物語
午後の光が
床に斜めに落ちる
埃が金色に舞う部屋で、
風が赤い風船をふわりと持ち上げ
意図とは無関係に踊りだす瞬間、
弾ける笑いがこぼれた。
光る、揺れる、動く、落ちる、音がする。
笑いに理由はない。
世界は丸ごと予想外で、
丸ごと安全で、
自分を脅かすものはなかった。
やがて私たちは、
あの瑞々しい響きを失ったように思う。
歩むたびに、手のひらから
砂のようにこぼれていくもの。
幼い頃、当たり前に握っていた
温度、無邪気、驚き、直感、
むき出しの安心。
「世界が、無条件には自分を受け入れてくれない」と知った瞬間、あの無傷の響きは遠ざかった。
けれど、砂の粒のように、
響きは手のひらの下で眠っている。
触れれば、ひそやかに光を取り戻す。
だから、世界がふと揺れたり、
偶然の光や音に触れたりした瞬間、
あの笑いはほんの一瞬、
静かに顔を出すのかもしれない。
題 失われた響き
朝露が湧くころ、僕たちはまだ目を覚まさずにいる。
静寂の世界で地表は凍り、霜は静かに生まれる。
その表面は光を受け、角度に応じてささやかに揺れる。
銀から青、青から金、金から白金。
――色相は風のように移ろう。
低い朝日が触れると、霜の結晶はプリズムのように微細な虹を走らせ、
密度の高い霜は、地面を光のヴェールで覆い、凛とした朝の空気を映す。
けれど、霜は生まれた瞬間から溶けはじめる。
光に溶けて還る。――柔らかな終焉。
消えゆく霜は、結晶の縁で光を拾い、内部は透け、半透明になる。
壊れながらも一瞬、世界を透かして照らし、静かに消えていく。
霜は消えても蒸気となり、夜ごとに再び生まれる。
しかし、同じ結晶の形として戻ることは二度とない。
美しいものは、いつも儚い。
それでも、たとえ消えても、その輝きは決して奪えない。
あの輝きこそ、僕たちの内側に息づいていると信じたいんだ。
題 霜降る朝
あなたの中にあるどんな衝動も、
どんなざわめきも、拒む必要はない。
それは不当なものじゃなく、乱れているのでもない。
それはただ、生きている感覚そのものだ。
責めなくていい。恥じなくていい。
否定する必要なんてどこにもない。
あなたはあなたのままでいていい。
その許しを与えるのは、ほかの誰かじゃなくて、
あなた自身の静かな声だ。
今はまだ染みついた禁令が、
薄い膜のように重なっている。
けれど、その自己否定をゆっくりほどいていく。
あなたの存在は、息づくに値する。
そしてその価値は、誰かの視線や善悪では決まらない。
あなたが生きていることそのものが証明になっている。
これは解放ではなく、回復だ。
「そこまで強く縛らなくていい」
「自分自身を傷つけない」
「私は、私を壊さない」
せめて、あなただけは、
あなた自身の心を脅かすのをやめてほしい。
あなたはもう自分に対して剣を向けるのをやめていい。
“自己許容”を持っていい。
その温かさを少し内側に染み込ませていこう。
ゆっくりでいい。
あなたの呼吸の速度でも、思考の速度でもなく、
“心の深呼吸”の速度で。
今はただ、あなたはあなたに命令しない。
圧迫しない。煽らない。
ただ存在をそのまま肯定する働きだけを持っていい。
いまのあなたは、
ただ「自分を否定しない状態」に帰ってきているだけ。
その状態を、怖がらなくていい。押し返さなくていい。
逃げなくていい。この“温かい薄膜”は、あなたが自分に害を与えないと知ったときにだけ生まれる、極めて安全で、誰にでもあるべき衣だ。
息を吸うたびに胸の奥が温かく広がる、吐くたびにふわっと緊張がほどけていく。
自分に厳しくする時間ばかりなんだから、深呼吸するのと同じように、心をほどく時間も作ってあげてください。
題 心の深呼吸