陶器製の家の形をした置き物。中にキャンドルを入れると、家に灯りが灯ったようになる。
せっかくだからと少し照明を落とす。テーブルに置いたその小さな家がぽーっと浮かびあがる。
キャンドルの炎は、ゆらゆらと不規則に揺れて、私たちは、飽きることなくその灯りを見つめた。
そのうちに、キャンドルに仕込まれている香りがふわっとしてきた。優しいハーブの香りに、「ほぉーっ」と思わず声がもれる。気づいたら「私さ、気になる人いるんだけど…」。「いやあ、最近落ち込んでて」とか独り言のように、それぞれの心のもやもやが出てきた。
そして、その言葉たちは、小さな家の灯火の中にするすると吸い込まれていく。しゅーっしゅーっと一つ一つ燃えていくような気がした。揺れる灯りに映る私たちの顔は、何だかとても安らいでいた。
「灯火を囲んで」
街のイルミネーションの準備が始まっている。朝晩、すっかり冷え込むようになってきた。
気になるあの人がステキなコートを羽織っている。コート姿は、何故か何割増しかで、かっこよく見える。それに合うマフラーをさりげなく巻いたなら、さらに増し増しになる。
そして、「さあ、今日は早く帰ろう。そろそろ冬支度しなくちゃ」なんて言う。さぞかし、おしゃれなものだろうと思って「一人暮らしで、どんなことをするの?」と聞くと、「こたつ出して…、みかん買うかな」。純和風か。そのアンバランスさも、なかなか心憎いのだ。
「冬支度」
もし、時を止められる能力があったとしたら、どうするだろう。使うだろうか。
時を止めることで、何かを変えることができたり、その瞬間が少し長くなったとして、本当に良かったと思うのだろうか。そんな大それたことをしたことに、喜びなんかを超えて、むしろ自責の念が湧き上がってくるのではないか。
時間は流れている。その時はすぐ過去になる。その流れにゆだねていくしかない。本当は、今の一瞬一瞬が大切なのだ。
でも、普段はそんなことを考えもしない。うまくいかないことにとらわれ、後ろを向いてまた他のうまくいかなかったことに時を使ってしまう。そんな自分の心こそ止めてしまいたい。
「時を止めて」
この頃、街中を歩いていると、ふっといい香りが漂ってくる。あっと思って辺りを見渡すと、キンモクセイの木が近くにある。ちょうど満開の時期らしく、オレンジの小さな花がこぼれんばかりに咲いている。
小学生の時、近所に大きなキンモクセイの木があった。まるでクリスマスツリーのような形で、花が満開になると、木の周りをぐるりと取り囲むようにオレンジ色の輪っかができた。土の焦げ茶に映えるオレンジが美しく、まるで美しいカーペットのようだった。
その大きさだから、香りも他のより何倍も強く感じられた。甘く温かみがある芳醇な香り。すっかり魅了されて、この香りをいつも嗅いでいたいと思った。いくつか花を拾って持ち帰った。水を少し入れた小さなガラスの瓶に入れてみる。コルクの蓋を開けると、かすかに香った。あの量じゃないとあの芳醇さは出ないのかなと思った。
キンモクセイの香りがすると、どこかノスタルジックな気分になる。夏の暑さも、色々な想い出もすべて放出していくかのように漂っている。
「キンモクセイ」
同期との飲み会では、つい気を許してしまう。一緒に働いている先輩の、仕事はよくできるのだけど、自分にも他人にも厳しい人だという話しをしていた。私はいつも迷惑をかけてしまうとも。
それを少し遠いところから聞いていた君が、「なになに? その人」と言いながら、いつもの人懐っこい笑顔で近づいてきた。話してみると、近々会社の行事で先輩と一緒になることがわかった。「その人と会ってみたいなあ」。いつになく真剣な少し厳しい顔をして言う。時々、妙な正義感を発揮することがあるのだ。「まさか、先輩のところに行ったりしないでよ」。「大丈夫」。
行事の後、先輩が話しかけてきた。「そういえば、君の同期という人に会ったよ。面白いね、あの人」とイタズラっぽい顔をして言う。こんな顔もするんだと思いながら、少しくだけた感じで色々な話ができた。
次の集まりの時、君に聞いてみた。「何話したの?」。「別に。どんな人か見たかっただけだから。とても優秀な人と聞いてます、って言ったかなあ」。「あれから、少し話しやすくなった気がする」。「そう? じゃあ、ビールおごってもらおうかな」。「何それ?」。呆れながらも、少し感心してその人懐っこい笑顔をながめた。
「行かないでと、願ったのに」