急に寒くなった。今日は何を着て行こう。とりあえずヒートテックを仕込んで、いつものセーターを着る。足元は、そろそろブーツを出そうか。ああ、箱から出すのは面倒だ。そうこうしているうちに出かける時間が迫ってきた。薄いコートをひっぱり出してはおる。
友人に会うと、薄手のダウンを着ていた。「すぐ、季節が変わるからもう何を着ていいかわからなくて」。「私も前はそうだったけど、今は簡単よ。ちょっと涼しくなったら、Tシャツにセーター、もっと寒くなってきたら、薄手のこのダウンを羽織るだけ。後は首元にマフラーを巻いたりしたら色々対応できるの」。そういえば、友人はクローゼットを整理して、服を減らしたと言っていた。厳選されたそれらは、よく似合っていた。「飽きたりしない?」。「それが、以外とそんなことなくて。何よりラク」。さっぱりとした顔で笑う。
自分のごちゃごちゃのクローゼットを思った。これまで何度か服をひっぱり出して、整理しようとしてみた。でも、なかなか処分することができず、また戻してしまう。結局、いつも同じ服ばかり着ているというのに。
いや、クローゼットだけではない。自分の頭の中もそんな感じなのだ。今だに何かわからない焦燥感にかられて、自分を生きていない気がする。
友人は楽しそうに、今取り組んでいることを話している。確かに、最近生き生きして見える。「私も整理してみようかな」。「手伝う?」。「いいよ。あれ見られるの恥ずかしい」。「以外と他人の目があるほうがいいのよ」。友人がわざと怖い顔をする。その顔がおかしくて、吹き出してしまった。二人で笑っていると、少し心が軽くなる気がした。
「冬へ」
君と一緒に歩く夜道は、いつもより澄んで見える。あの大きな月の明かりのせいだろうか。
君の顔が、青白い印影で縁取られていて、いつもより神秘的に見える。青く照らされた顔と、影の方の顔。影の部分に、真実が巧妙に隠されていたとしても、表の顔を信じたい。
ゆっくりゆっくりと二人並んで歩く。なんとなく無口になる。ふと君を見ると、月をじっと見ていた。青い光が顔に降り注いでいる。その目は優しい。やっぱり見えるものを信じたい。
「君を照らす月」
ある日、近所の公園に行くと、木々がいっせいに色付いていた。昨日まではそうでもなかったはずなのに、今朝の冷え込のせいだろうか。
黄や茶色の葉に変わっている。中でも、赤く大きな葉をつけた木が目をひいた。そこに、ちょうど日差しがあたっていて、ひときわ鮮やかに見えた。その木の近くのベンチに腰掛ける。
日差しをうけ、赤い葉が透けて見えていた。まるで燃えるように鮮やかで、木漏れ日が赤色を通ってくる。地面には、黄色い乾いた葉がパラパラと落ちていた。そして、木や葉の影が風でころころと動き心地よいリズムを作っている。
ぼんやり見ていると、だんだん黄、黒、赤と木漏れ日が混じりあってきた。その跡はちらちらと細かく動いては、消えていく。それを飽きずにずっと追い続けていた。
「木漏れ日の跡」
ばったり街で会って、久しぶりなんて言葉を交わす。今、かなり忙しい状態であることを話したら、「じゃあ、終わったら、おいしいものでも食べに行く?」なんて軽く言ってくれた。
本当かな、成り行き上の社交辞令かなという気がしたけれど、結構その言葉に助けられた。頭の片隅でそのことを想像しながらやっていると、忙しさもなんとか乗り越えることができた。
次に顔を合わせるとすぐ「終わった? じゃあ何が食べたい?」。ああ、覚えていた。あの約束は有効だった。顔は、少しすましたまま「そうですね…」と言う。心の中は、もう小躍りしたいほどうれしかった。
「ささやかな約束」
あそこにいるなと思いながらも遠くの席からそっと見守る。ああ、話ができるようになりたいなと思う。実際は話したこともなく、こちらの存在さえも気づかれてないかもしれない。
あんまり見つめて怪しまれてはいけないので、心の中で願う。どうか親しくなるチャンスをください。ちょっと勇気を出して、話しかけてみればいいのだけど、なかなか動けない。後ろの席からこっそり願うばかりだ。
そのうち、そんな機会も終わりが近づいてきた。もう会えないかもしれない。その姿を見られただけでも良かったと無理やり思おうとする。
「あの、隣いいですか?」と、声をかけられた。振り向くと、えっ?と思う。いつも前の方にいたはずなのに。「どうぞ」と言いながら、自分の顔が赤くなってくるのが分かった。チャンスなのにドキドキして横なんか見られない。もうこれだけでもいいかもなんて思ってしまうのだ。
「祈りの果て」