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11/23/2025, 9:41:43 AM

 校門を入ってしばらく進むと、木の植え込みがずらっと並んでいる。一人の時は、そこにいくつかあるベンチに腰掛けて、ぼんやり過ごすのが好きだった。特に秋が良かった。中でも一本、ひときわ真っ赤に色付く木があった。その下のベンチによく座っている人がいた。

 近くに図書館があるからか、そこで本を読んでいた。重そうな本をゆったりめくっている。
木漏れ日の中、その人の横顔がステキに見えて、離れたベンチからひそかに気にしていた。

 だんだん秋が深まってくると、その人も薄手のシャツの上からコートを羽織るようになってきた。ある日、その人の隣に女性が座っていた。おしゃべりを楽しんでいるようだ。いつもの本は手にしているけれど、開かれてはいない。初めてその人の笑顔を見た。

 二人の後ろの木は、ちょうど見事に色付いていた。風に揺れて、その紅い葉が、優しくはらはらと落ちていく。秋の日差しを受けて、ひときわ紅く美しかった。


「紅の記憶」

11/22/2025, 8:33:53 AM

 あっと思って目が覚めると、夢だった。眠るつもりはなかったけれど、もう少しと目をつぶったら、夢の続きの世界にいた。

 どんどん場面は入れかわり、知っているような知っていないような場所に行く。目的の場所になかなかたどりつけない。そこへ早く戻らなければならないことは分かっている。エレベーターに乗ったり、階段を降りたり時だけが過ぎていく。

 ふと立ち止まって途方にくれる。もはやどうやって行けばいいか、さっぱりわからない。もう時間がない。知り合いに会った。ああ、あそこはここからじゃ遠いねと言われる。電車に乗ろうか。そんなことを思っていたら、はっと目が覚めた。

 今までいた世界のことを思う。消えてしまう前に、記憶を追いかける。それは、色々なところが支離滅裂で、断片のように思い出される。夢を見た後はいつも不思議な気分になる。

「夢の断片」

11/21/2025, 8:33:13 AM

 未来が見えたらどんなにいいか、なんて思っていたことがあった。今の不安も楽になるのではないかと。占いを見てみたり、何か確かなものが欲しかった。

 最近、思う。ずっと今の連続でしかない。この瞬間がひたすら過ぎているだけなのだ。
 それでも時々、過去のことをクヨクヨと気にしたり、未来はどうなるのだろうなんて、思っても仕方ないことで頭の中をいっぱいにしている。そんな時も、どんどん今が積み重なっている。

 さっきもまた、過去のことを考えて悔いていた。未来は見えないけれど、とりあえず今、変なことに頭を使うのはもったいない。今したこと、考えたことが、未来をつくっていく。やりたいこと、楽しいことを考えよう。


「見えない未来へ」

11/20/2025, 7:21:20 AM

 湾をめぐる遊覧船に乗った。室内に入ることもできたけれど、甲板に立ってみた。
 海風がすごい勢いで吹きつけてくる。髪の毛が、風に煽られて舞い上がる。手で抑えたりしても、全然間に合わない。周りの人もみんな、髪の毛が色々な方向に向いている。もう美しいとかそうでもないとか関係ない。どの人も滑稽だ。笑い声がもれる。楽しかった。細かいことはどうでも良くなってくる。

 中にいる人たちが、少し憐れむような目でこちらを見ている。それでも誰も中に入ろうとしない。船は、海を切るように進んで、大きく波打ち続ける。頬が冷たくなってきた。不思議な高揚感がある。ずっとびょんびょんと髪をなびかせて、景色を楽しんだ。陸に上がると、髪の毛が潮風でギシギシだった。でも、妙にすっきりしていた。


「吹き抜ける風」

11/19/2025, 8:22:02 AM

 家に行くと、机に置かれたランタンが真っ先に目に入った。他のインテリアの中で、そこだけ雰囲気が違う。「ランタン?」と言うと、「ああ、実はキャンプが好きなんだ」。知らなかった。スポーツが堪能なのは知っていたけれど。「最近は、なかなか行けなくて。これを置いて雰囲気だけでも、ね」。いいでしょと笑う。

 ランタンの赤い色がなんだかかわいらしい。夜、外で見るこの灯りはどんな感じなんだろう。それから、キャンプの話をしてくれた。アウトドアとは、全く縁のない私にはとても新鮮だった。「キャンプ、今度一緒に行こうか。火を焚きながら、ぼーっとするのがいいんだ」。
 
 この赤いランタンが灯る下で、焚き火をする光景を思い浮かべた。とても良さそうだ。自分では、多分体験しない世界。一緒なら楽しめる気がした。しばらく楽しい想像で盛り上がった。
 
 それは、結局実現することはなかった。でも、ふわっと優しいランタンの灯りのように、心にずっと残っている。

「記憶のランタン」

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