あんまり息をしていないなと思うことがある。本当に息をしていないのではなく、たまに息を止めていたり、深い呼吸ができていない。
いつも緊張状態になっているのだろう。緊張する場面ばかりにいるわけではない。勝手に緊張している。最近、ぐるぐる思考の沼に入っている。自分の心の中の奥深くにぐんぐん入ってしまって、そこから出られない感じだ。
そこに、何かちょっと嫌だなと思うことがあると、その嫌なことがさらに心をもやっと取り囲む。息がますます浅くなる。こうすることがクセになっているようだ。これでは、いけない。きっと側からみると大したことではないのだろう。
外を歩く。ひんやりした空気に包まれて、秋の匂いを大きく吸ってみる。そして、ゆっくり吐いてみる。空は高く、薄い雲が点々と連なる。
ふと、思う。起こるものは仕方がない。それに大きく反応するのではなく流してみよう。粛々と受け入れていこう。そう考えたら、ぐるぐる思考の沼は、小さくなっていくような気がしてきた。
空は広い。大きく呼吸をする。枯葉や木の匂いがまじったような匂いがする。新鮮な空気をいっぱい取り入れて、過ごしてみよう。
「心の深呼吸」
目の前に糸が垂れている。一本は、過去へ行ける。もう一本は未来へ行けるという。
どちらかを選ぶだろうか。
あの時に戻って、やれなかったことをやってみる? 言えなかったことを言ってみる?
未来の世界で、自分はどうしているのか見る?
そもそも未来って、時間軸の中ではもう存在しているのだろうか。
過去も未来も今も、時間の概念ってどうなんだろう。当たり前のように今しか生きられないと思っているけれど、本当のところはわからない。
私は目の前の糸をどちらも選ばないだろう。後悔や、先を見たい誘惑にかられながら、今をずっと重ねていくしかない。
「時を繋ぐ糸」
何かおかしい。何か歯車が狂っている。そんな気がしていた。
雨上がりに、高い街路樹が立ち並ぶ道に行くと
たくさんの落ち葉が落ちていた。道全体が黄やオレンジ、赤の葉で敷き詰められている。地面のありとあらゆる何かを吸収したような、不思議な匂いがしている。
しっとりと濡れた葉を踏み締めながら歩く。木々に残った葉も、枝も水分をたっぷり含んでいて、ひんやりとした空気に包まれている。水分が音を吸収するのだろうか。とても静かだ。
何か調子が出ない。悪いほうばかりに焦点を合わせているからだろうか。違和感がある。
歩道を離れて、小さな林のほうへ行く。より一層、あの不思議な匂いに包まれて湿った木々の気配が強くなる。いつもの乾いた秋の景色が、違う表情を見せている。
ああ、そうか。やっぱりちょっとずれているのか。違う目線から見たら、この状況も変わっていくのかもしれない。
「落ち葉の道」
夕方から集まって、仲間たちと君の家で過ごした。瞬く間に時間が過ぎて、気づいたらかなり遅い時間になっていた。家が近い人は徒歩で帰っていった。私ともう一人はそのまま朝まで過ごさせてもらうことにした。
朝になると、急ぐからともう一人が出て行った。私も帰る準備をしていると、君がごそごそとバックの荷物をひっくり返している。「一緒に出ようと思ったんだけど、鍵が見つからない」と言う。「今日は、お休みなんでしょ? 悪いんだけど、このままここで待っててくれない? 昼過ぎには戻るから」。
鍵をかけられないなら仕方がない。待つことにした。いない間、その辺を探してみた。こたつの下や、本棚の辺りを見たけれどなかった。
昼過ぎに君が帰ってきた。皮のキーケースを手に「鍵、あったよ。落ち着いて探したら上着のポケットに入ってた…」。目が合った。すると、慌てて「ごめん、嘘ついた。鍵、家を出る時ポケットにあるのに気付いてた。でも、いてほしかったんだ」。
君が嘘をついていたのは、なんとなく気づいていた。皮のキーケースが上着のポケットから、ちらっと見えていたから。「よかったら、今日一緒に過ごせない?」と、君は少し恥ずかしそうに言う。「嘘ついたの自己申告したから、まあ、いいよ」と言いながら私は思わず笑顔になっていた。
「君が隠した鍵」
友だちと会ったり、誰かと話したり、自分が何か行動して話を交わした後、脳内反省会をする。
それがどんなに楽しかったとしても、ちょっとした気になることを思い出して、自分を責める。なんでああ言えなかったのだろう、そんなことを言ってしまったのだろうなんて、ずっとぐるぐる考えてしまう。
決して人には言わないような言葉を、心の中で自分には平気で言ってしまう。あー、恥ずかしい。嫌だ。あーっと声に出して頭をかきむしりたい時もある。いつからか、それがずっとクセになっていた。
なんだか体の不調が続いた時、こんなことやめようと思った。いつものように反省会を始めても、あ、もうやめる!と意識してみた。考える時間を短くして手放したら、少し心に余裕ができてきた気がする。
「手放した時間」