あれ? すぐと言っていたのに来ない。駅を出て、冷たい空気に包まれている。吐く息が白い。今日は、かなり冷えている。はぁーっと何度か息を吐いてみる。白いもやが顔を囲んですぐ消えていく。子どもの頃は、よくこうやって遊んだなと思う。
映画やドラマで白い息を吐きながら、セリフを言っているのを見ると、なんだかムードがあるな思う。きっと俳優さんたちは、寒くて大変なんだろうけれど、頬を寒さで紅くしながら、白いもやに包まれるのがいい。そのシーンをより盛り上げている気がする。
ごめーん、と言いながら君が走ってくるのが見える。頬がほんのり紅くなって、白い息を吐きながらくる姿に、待ったのなんて全然気にならなくなる。
「白い吐息」
長年の習慣で、すっかり寝るのが遅くなっている。夜型なんだと勝手に思って夜更かししていた。でも体の不調があるのは、やっぱり早寝早起きしたほうがいいということだろう。
少しでも早く寝ようと電気を消して横になる。なんだか目が冴えてなかなか眠れない。だいぶたっても一向に眠れないので、カーテンをちらっと開けて外を眺めてみる。
遠くに見えるマンションの部屋の灯りが、何箇所かポツポツとついている。少ないけれど、まだ起きている人がいるようだ。なんだか仲間がいるようでほっとする。この部屋も誰かから、まだ電気がついているなと思われていたのだろうか。
カーテンを少し開けただけで、窓の外の冷気が伝わってくる。しっかりと端まで閉めて、また横になる。少しずつでもいいから生活のリズムを整えていこう。眠れなくても目を閉じていよう…。
「消えない灯り」
年の瀬も迫ってくるととても慌ただしく、気がせいてくる。ただ、街の灯りは美しく、そこかしこでイルミネーションを楽しめる。でも、忙しい時は、そのキラキラがまぶしすぎる気がして、すーっと足早に通り過ぎたくなってしまう。
少し疲れているかもしれないと思いながら、ちょっと立ち止まってみる。そこの街路樹につけられた灯りは一色で、温かみを帯びた優しい色みが連なっている。あぁ。灯りを見ると、ほっとした気分になってくる。寒いからだろうか。
やっぱりこの時期の灯りはいい、そう思いながらイルミネーションの通りを過ぎた。少し高台に登って遠くに見えている山々のほうに目をやると、ふもとの街の灯りが点々と見えている。この時期は、特にゆらゆらと美しく揺れていて、それもよいなとあらためて思う。
「きらめく街並み」
あの引き出しの奥深くにそれはある。
もう会うこともないだろうと思っていたけれど、心のもやもやが晴れなくて、手紙を書いてみようと思った。もちろん出すことはない。
本人を前にしては言えなかったことを、手紙には正直に書こう。それなのに、いざ書こうとすると相手が読むわけではないのに進まない。何だかまどろっこしい表現をしてしまう。妙に冷静になってかっこよく書こうとしたりする。もう正直に思いのたけを書いたらいいのに。
なんとかがんばって書き上げると、それを丁寧に封筒に入れて封をした。それからあの引き出しの奥にしまった。それだけだけど何となく心の踏ん切りがついた気がした。
それからあの封筒を取り出したことはない。時が経ち、その時のこともだいぶ忘れて、楽しかった時のことをぼんやりと思い出すだけになった。
「秘密の手紙」
それはもうひたひたと聞こえてきていた。朝晩のきんと冷えた空気。もう気軽な格好ではいられない。厚めの上着を着て首元をしっかりと包む。
あんなに美しく紅く色付いていた木は、半分以上の葉が地面に落ち、枝が見えている。一面に落ちた葉をザクザク踏み締めながら歩いた。それもしだいに粉々になり、土へと還っていく。
木が枝を見せ、骨格があらわになると、より風が冷たく感じられてくる。風をさえぎるものはない。短い秋が終わりを告げている。
秋のはじめにはまだあった、虫などの生き物の気配もあまりしなくなってきた。地面もひっそりと静まり返って、冬を迎える準備が整っている。
「冬の足音」