住宅街に鳴り響く救急車のサイレンの音。
十字路の真ん中に、血の水溜まりが出来ていた。
水溜まりには、動かなくなった彼女が横たわっている。
「あなたのことなんてもう知らない!」
最後に聞いた彼女の言葉が脳内で再生される。
確か、些細なことで喧嘩になったと思う。
俺が余計なことを言ったせいで、彼女は怒って……。
繋いでいた手を振り払い、走っていって、車に轢かれ……。
手放した時間は、数秒。
たった数秒で彼女は……。
俺が余計なことを言わなければ。
手をしっかり掴んでいれば。
彼女は事故に遭わずに済んだだろう。
救急車が到着し、彼女は担架に乗せられ、運ばれていく。
「すいません。事故に遭った女性の関係者ですか?」
救急隊が俺に話しかけていた。
「俺は……」
「あなたのことなんてもう知らない!」
再び、彼女の言葉が脳内で再生される。
「俺は……関係者じゃないです」
「そうですか。分かりました」
救急隊は救急車に乗り、彼女を乗せた救急車は走っていってしまった。
なぜ関係者じゃないと答えてしまったのだろう。
自分でも、分からない。
俺は遠ざかっていく救急車を、ぼーっと見ていることしか出来なかった。
水風船が割れたように噴き出す紅い血。
人の血って、こんなにも美しいものだったのだと、記憶として脳に焼き付いている。
しかも身内の血だから、なおさら。
服に付いた返り血が、キャンバスに絵の具をぶちまけたみたいで、まるでアートだ。
どうやら僕には芸術の才能があるらしい。
「――てるのか?――聞いてるのか?おい!」
遠くで誰かが怒鳴っている。
うるさいな……あの時の感動を噛み締めているのに。
今、狭い部屋で椅子に座らされ、問い詰められている。
「もう一度聞く、なぜ両親を殺したんだ?」
恐い顔をしながら聞いてくる刑事。
「芸術家として、すごい作品を描きたかったんだ」
何度も同じ質問をしてくるのがうざいから答えてやった。
「つまり、憎くて殺したんだな?」
「あの紅い血、すごかったなぁ」
「はぁ……会話が噛み合わん。疲れてきた。また明日聞くから、ちゃんと質問に答えろよ」
刑事は疲れた様子で部屋から出ていった。
僕は警察官達に狭い部屋から、ベッドとトイレだけが置かれている部屋へ連れて行かれる。
ふう……ようやく静かになって、一人になれた。
もう一度、両親から噴き出す紅い血を思い出す。
ずっと僕に虐待ばかりしてきた両親。
最後は芸術作品になれたのだから、僕に感謝してほしい。
まぁ、もうこの世にはいないけど。
あの紅い血、美しかったな……。
両親がいなくなって、気持ちが清々したはずなのに、なぜか涙が止まらなかった。
床に散らばっている夢の断片。
元々は一つの夢だった。
だけど、夢が遠のいていくたびに欠けていってしまったのだ。
拾ってくっつけようとするが、鋭利過ぎて、触れるだけで指を切ってしまう。
もう元通りにすることは出来ないのだろうか?
いや、今からでもまだ……!
諦めずに、どんなに辛くても、夢に向かって走り続けた。
その結果、散らばっていた夢の断片が集まり、元通りの一つの夢に。
絶望しかけたけど、諦めなければ、夢は必ず叶うことを知った。
ぎこちない形をした一人用のタイムマシン。
長年時間をかけて、ようやく完成させた。
形は悪いが、未来へはちゃんと行ける。
「未来がどんな風になっているか確認して来てくれ」
「ああ、任せてくれ」
趣味で作っていたタイムマシンが、まさか政府に頼まれるほどの大ごとになろうとは……。
まぁ、政府が必要な部品を調達してくれたおかげで、早く完成させることが出来た訳だが。
タイムマシンに乗り込み、未来へ旅立った。
さて、どんな未来が待っているだろう?
今より文明が進んでいて、きっと見たことがない物ばかりあるに違いない。
……それとも、AIに支配されているか。
思わず、生唾を飲む。
ワクワクするが、緊張もする。
タイムマシン内のアラームが鳴り、未来到着を知らせる。
いよいよか……。
よし、外へ出るぞ。
タイムマシンの扉を開け、外へ出ると……真っ暗で、何もなかった。
なるほど、未来は見えない……か。
もしくは、神様が我々に未来を見せないようにしているのか。
タイムマシンで現代へ戻ろうとしたが、乗ってきたタイムマシンは消えていた。
ピューピューと音を立てながら吹く風。
自転車通勤をしている身として、風は最大の敵だ。
前へ進むたびに、風が全身を吹き抜ける。
セットした髪も空へ向かって逆立ち、台無しになってしまった。
おのれ風め……!
抗いながら会社へと向かう。
「はあ……はあ……」
会社に着いた頃には、100mを全力で走ったぐらい息切れして疲れていた。
今日は残業で、外はもうすっかり暗い。
会社の扉を開けた瞬間、外から風が入ってきて、全身を吹き抜ける。
一気に冷え、身震いしてしまう。
残業疲れにはちょうどいい風……な訳ないだろ!
帰り道も、向かい風を受けながら家へ帰った。