君に会いたくて
私達家族はこの日の事を純粋に心温まるエピソードとして記憶した
これが母の徘徊の始まりだったかどうかは定かではない
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駅裏の路地まで来たよ ここなの?
見覚えがあるような ないような
おかあさーん
娘の声だ
私を呼んでいる
良かった無事で
お買い物途中に急にいなくなるんだもん
さっき駐車場のワンちゃんと話していたでしょ
そしたらお母さんがワンちゃん連れて歩きはじめたのが見えてビックリ
飼い主さんと一緒に追いかけたけどここの路地で見失っちゃった
飼い主が友達だったからよかったけど
いきなりどうしたの?
私にもわからない
この子見ていたらあーちゃんを思い出しちゃって…毎日お散歩したなって
そしたらこの子が私を連れて来てくれたの
丁度この辺りの美容院だったよ里親さんが
子犬のあーちゃんに出会った場所?
そうそう小学生の私がおねだりしたんだったね、思い出して来た
今月私達は長く住んだこの町を離れてしまう
家族全員で愛犬に花を供え別れを告げたあの日から20年、2度目の別離の前に
意識のどこかで母はもう一度君に会いたくて
始まりの場所を見ておきたかったのかもね
閉ざされた日記
誰にでも一冊はあるよね
心の中に閉したままの日記のようなものが
涙で波打ったページは開こうにも
そのまま固まって頑なにページを閉ざす
そっと剥がそうと周囲から息を吹きかけても
取っ掛かりが見つからない
小口の汚れはかさぶたのよう厚く張り付き
かつての心のひだの深さにリンクする
今は閉ざされてしまっている事に内心救われて日々を歩んでいる自分
光の下のもう一冊の日記とも長い付き合いになってきたしこれからも森羅万象に心を寄せページを増やしていけばいいじゃないかと思っている
そしていつか光の日記がこれを超えたなら封印が解け二冊が交わる…その証は一冊の自伝
それを胸に微笑んでいる私がいたらこの世からの卒業ってことね
どうして
「どうして」
大人のそれにも瞬時に答えをだしてくる世の中
孫におばあちゃんの知恵袋で返そうものならその真偽をAI 端末でチェック そんなのないよ
経験値が一瞬揺らぐが毅然と告げる
ばあばの故郷ではおばあちゃんもそのまた昔からそう言われて続けてきたんだよ
長く語り継がれてきたことは沢山の意味がある宝物だから覚えていて
コンピュータの精度が上がるにつれそれに頼り過ぎ情報の渦に巻かれ人の気配がうすれる
便利さには作り手の思惑フィルターがかけられているものだと自分に言い聞かせ自身を保つ
今や独り歩きしそうな人工知能なんて怖い呼び方になってるし
人間達が片隅に追いやられそうであー怖い怖い
本来 知識と経験値は両輪をなし互に支え
時には検証するものだったはず
少し前までは頭デッカチなんて揶揄する言葉があったのにね
法隆寺の西岡棟梁の木の見立ての逸話は感動で
伝統の力、手技、経験値、現存している人間が持つ力それらを目の当たりに見せてくれていた
孫には人が生き物だという事を前提に豊かで幸福だと思えるような世の中のバランスを探っていって欲しい
それには五感を通したばあばの知恵袋が役に立つからね、捨てたもんじゃないんだよ
ずっとこのまま
ずっとこのまま時間が止まったらいいのにって思うことがあるんじゃない
そんな時この琥珀色の砂時計を使ってみて
時の流れを逆行させる力がある
時が進む分だけ巻き戻る
つまり時の上りと下りが押し合う
ずっとこのまま止まるからね
何も変わらないことを望んでいるって思うかな
いいえリワインドタイムの醍醐味はそこじゃないよ
止まってみえている間に自分を成長させられるところ
砂時計の力を借りて時の速さに抗ってみる事
何もしないんじゃないからね
結果なんてわからないよ
自分が巻き戻りたい時に再び身を置いて
全力投球し続けるの
長く生きていると流れに身を任せるのに慣れきって
今では現状温存できれば御の字かなって気分
でも懐かしい曲を耳にすると流れに棹さしていた頃の若い自分に会いたくなったりするのよ
後先考えずにこのままずっと疾走していたいって…
寒さが身に染みて
おじいちゃんおばあちゃんへ
寒さは頭で感じなきゃね
身体で感じるのは若い時までなんだって
皮膚感覚が鈍ってくるってよ
寒さを感じにくくなってきたって?ーうんうん
高齢者だもんー確かにね
回復力は落ちる一方ー認めたくないでもそう
今は冬だと言い聞かせてね
頭で寒さ用心これが冬を乗り切る肝なんだって
元気で春を迎えようね