規則的な、心地よい音が聞こえる。それは山を越えた向こうから聞こえてくるもので、年を跨ぐ深夜に鳴らされる。ああ、また新しい年を迎えるのか。そっと息を吐く。
ここは暗くて、静かで、何もない。
規則的な音が唯一ときの流れを教えてくれる音だった。私はまだ目覚める時ではないらしい。あと何度、あの音を聞けば良いのだろう。目を閉じて、体を丸める。そっと吐いた息の音だって聞こえない暗闇で、またあの音が聞こえるのを待つばかりである。
一歩踏み出して、体が傾く。
重力に従って、下へ、下へ、下へ。
遠かった背中が迫ってくる。
ああ、やっと追いつけた。
そう思った瞬間に、視界が暗転した。
さよなら、世界。
またきて、来世。
花びらを一枚、また一枚と毟って「好き」と「嫌い」を交互に繰り返す。こんなもので相手の気持ちを図り知れることなど出来やしないのに。それでも私は、繰り返さずには居られないのです。
アスファルトの湿った匂いが鼻腔を満たす。雨が続くこの頃、寂しさを誤魔化すように窓を開け放って煙草を吸う。
昨日、三年もの間交際していた恋人と別れた。理由は何だったか。とにかくいきなり恋人が泣き出したのだ。要領を得ない単語を嗚咽とともに漏らし、こちらを睨めつけてきた恋人は、気狂いのように髪をふり乱していた。その姿が堪らなく愛おしかった。腕に絡んでいた行きずりの相手の手を解き、恋人に歩み寄れば、信じられない! と甲高い声が上がった。
糸が伸びている。私の心臓から伸びたその糸は、私以外には見えていないらしく、そして動いたからといって体に絡まることもなかった。生活に支障はない。かといってこの糸の先に何があるのか気にならない訳でもない。この糸を切ったらどうなってしまうんだろうか。死んでしまうんだろうか。そんな思いもあった。別段死んだって構わないが、それならばいっそ、切ってしまう前にこの糸の先を見てやろうじゃないか。
私は糸の先を辿った。バスに乗り、電車を乗り継いで辿り着いたのは、都会から外れた知らない土地だった。辺りを見渡し、糸が伸びている方向へひたすらに足を進めた。