—見えない繋がり—
昨日の夕方頃、翔太の担任から電話がかかってきた。
『今日のお昼休みの時間に友達のワタナベユウマ君とケンカをしてしまったみたいで——』
渡辺君は翔太とよく遊んでくれる近所の同級生だ。登下校も共にしており、翔太の親友とも言える子だった。
「どうしてケンカしたの?」
その日の夜、私がそう聞いても答えてはくれなかった。
「いってきます」
次の日の朝、結局翔太は一人で学校に向かった。
翔太は穏やかで、誰かとケンカをしたなんて聞いたことがなかった。初めての出来事でとても不安だった。
私は色々考えながら夕食の準備をしていると、子供達の笑い声が聞こえてきた。
時計を見ると、午後の三時でいつも翔太が帰ってくる時間だった。
インターフォンが鳴り、ドアを開けるといつものニコニコした表情の翔太がそこにいた。
「ただいまー。遊びに行ってくる!」
「誰と?」
「ユウマに決まってんじゃん」
「いってらっしゃい……」
ランドセルを置くとボールを持って外に出て行った。杞憂していた自分が少し可笑しく思えた。
子供の心の境界線は分からないな、と思いながら夕食の準備に戻った。
お題:心の境界線
—とある天使は非日常を楽しみたい—
『天界に帰ってきなさい』とお母様からお告げがあった。人間の世界に舞い降りて、もう三日になる。
「今度はあれ食べたい!」
「まだ食べるのかよ……」
この世界に来た時、羽根の操作を誤り、頭を打って意識がなくなっていた。そんな私を見つけてくれたのが、今隣にいるサカモトという人間。
この世界のいろいろな知識をたくさん教えてくれる良い人間だ。大学生という種族らしい。
「だって美味しそうなんだもん」
「せっかく遊園地に来たのに、アトラクション何も乗ってないよ……。まぁ良いけど」
今日は遊園地という場所に連れてきてもらっている。いつも静かな天界とは違い、賑やかで楽しい。
「あれ食べたら片っ端から乗るからね」
「多分、全部は無理だよ」
『チュロス』という食べ物を食べた後、彼の手を引いて、走り出した。彼を連れ回し、結局全てのアトラクションを回ることができた。
気づけば空は真っ暗だった。
「疲れた……、もう歩けないよ」彼の弱々しい声が聞こえる。人間は脆弱だなと思った。
「しょうがないなぁ、私が家まで送るよ」
「送るって……、電車で帰るんだよ」
この世界では『天使』は空想上の生き物らしい。
だから口で説明しても無駄だと思ったので、彼を抱き抱えて飛んで見せた。
「えっ!飛んだ⁈」
「今日も楽しかったよ。またこれからもよろしくね」
風が彼の髪を揺らし、遊園地の灯が足元に流れていく。
「天使って本当だったんだ」
天界に帰るのは、もう少し先でいいと思う。今はただ、この世界を思いっきり楽しみたい。
きっとお母様には怒られてしまうけれど。
お題:透明な羽根
—星降る夜の焚き火—
星々が照らす空の下で、焚き火の炎がパチパチと音を立てている。ローチェアに座りながら、星空を見上げていた。
「ユナ、寝ちゃった」妻が言った。
焚き火で照らされた、娘の寝顔が向かい側に見える。
今日は家族三人でキャンプに来ている。
「昼間、結構歩いたから疲れたんだろうね」
近くに川があり、娘がそこで綺麗な石を探したいと言った。川辺でかなり動き回ったから寝てしまうのも仕方ない。
いや、むしろ好都合だ。
僕はクーラーボックスにあらかじめ入れておいた物を持ってくる。
「ママ、見て」
「ワインだ!」
僕たちは明日も休みなのだ。
「今日くらい羽を伸ばそうよ」
グラスにワインを注ぎ、妻に渡した。
「私たち二人で飲むなんて久しぶりだね」
乾杯した後、僕たちは灯火を囲んで語らいあった。
幸せな時間がゆっくりと流れていった。
お題:灯火を囲んで
—初めての冬—
『これからもっと寒くなるだろうから、冬支度しっかりしなさいよ』
朝起きると心配性の母からメッセージが届いていた。
今年から大学生になり、実家を離れて一人暮らしを始めた。今年は初めて一人で冬を過ごす事になる。
「あれ買っといて良かった」
この前、家電量販店で買っておいたものがある。押し入れに突っ込んだ箱を取り出して、中のものを組み立てる。
「やっぱり冬と言えば、こたつだよな」
部屋の中心部に置き、スイッチを入れると、じんわりと体が温められる。
買って良かった、とすぐに思った。
そのまま少し眠ってしまった。
次に起きたのは、玄関の扉が開けられた時だった。
「ユウキ、ちゃんと冬支度してる?」
母が来た。この家は実家からそれほど離れておらず、たまに抜き打ちで生活をチェックしに来る。
「うん、もちろん」
眠い目を擦り、そう答えた。
部屋を一周見渡すと、母は気づいた。
「あんた、こたつ出しただけでしょ」
母の言う通り、俺はこたつしか出していない。夏服も掛けっぱなし、カーペットも夏用、扇風機もまだしまっていない。掃除も最近は怠っていた。
そこから母の指揮のもと、三時間ほど冬支度をやらされた。
「次はこんなことがないようにね」
そう言って母は家を出て行った。
冬支度がこんなに大変だとは知らなかった。今までこれを母が一人でやっていたと思うと、やっぱり母は偉大だな、と思った。
お題:冬支度
—後悔の夜—
漫画を読んでいる手を止め、ふと我に返った。机の片付けをしていたはずなのに、気づけば漫画の世界に入っていた。
「まずい……」
時計を見ると、いつの間にか夜の九時になっている。明日は学年末テストだというのに。
とりあえず、急いで教科書やノート、ワークを机の上に並べる。
「何をすればいいんだ?」
その時、ベッドに置いていたスマホが震えた。友人の田中からの着信だ。
「田中どうした?」
「おっす。勉強進んでるー?」
俺たちは互いに進捗状況を伝え合った。どうやら田中も勉強していないらしい。
「ちょっとゲームしようぜ」田中の悪魔の囁き。
「ちょっとだけな」
俺はその誘いに乗ってしまった。
「やばい、今何時だ?」
心地良い夢の中から目覚め、時計を見た。朝の六時。
俺はゲームの途中で寝落ちしてしまった。
「まぁ、何とかなるか」
謎の余裕が生まれたが、ワークの問題を解いているうちに焦りが出てきた。
できる事なら、時を止めて安心できるまで勉強したい。そう思う程に。
結局、試験結果は完敗。これから補習の嵐が待ち受けているだろう。
だが、一緒にゲームをしていた田中は補習を免れていた。それだけが許せなかった。
お題:時を止めて