—亡国の騎士—
「ノルディアという名前を聞いたことはあるか」
裏路地を歩いていた二人の男に問いかけた。
「ノルディア……、どこかで聞いたことがある。お前何か知らないか?」男が隣の男に聞いた。
「うーん。昔滅んだ国が、確かそんな名前だったような気がするが」
「昔か……」
二十年前『ノルディア』という国は、多国からの侵略により滅ぼされた。
時が経ち、人々からは徐々に忘れ去られているようだと分かった。
拳を握りしめる。
「ところでお前さん、見たところ外から来た人間のようだが、どこからやってきたんだ?」
「ノルディアからだ」
そう言い、二人の首を剣で斬り落とした。
俺は、あの戦争の唯一の生き残り。憎悪で心を燃やし、地の底から這い上がってここまできた。
俺にできることは一つしかない。
また『ノルディア』の名を、全世界に響かせる。
それが死んだ皆のためにできる、唯一の恩返しだ。
「まずはアストレイアからだ」
剣を鞘に納め、俺は歩き出した。
お題:失われた響き
—霜降る朝の教室で—
通勤中、小学校に植えられている草木に霜が降りていた。最低気温が一度と天気予報で言っていたのを思い出した。
職員室で朝の授業準備を終え、教室で子どもたちを待つ。
「おはようございますっ!」
一番乗りで走ってきた男の子に、私も挨拶を返す。
それに続いて教室へ次々と子どもたちが入ってくる。教卓の下に置かれた椅子に座って、みんなを見ていた。
みんな元気そうだ。
実は最近まで、インフルエンザが原因で学級閉鎖になっていた。それが嘘のように今は活気を取り戻した。
「先生見てください!」教室内にいた男子が声を上げた。
教室の後ろの扉から、五人の子が一人の男子を囲むようにやってきた。
「今日もユキト、半袖短パンです!」
私は頷いて返した。
彼は寒さに強い子どもだ。一年中あの格好をしている。
だが、周りに人が集まるのはそれだけが理由じゃない。
教室内にいた全員が手を止め、男女問わずユキト君の元へ駆け寄る。彼の体に手を触れようと、ぎゅうぎゅうに寄せ合っている。
彼は寒さに強いだけでなく、カイロのように温かいらしい。
私は必死に子どもたちを引き剥がし、朝の支度をするよう促す。
私はこのクラスでインフルエンザが流行した理由を、コレだと睨んでいる。
しかし、ユキト君は一度も学校を休んでいない。本当に無敵だと思う。
そんな彼の体質が、私は正直羨ましい。
お題:霜降る朝
—空に放つ声—
登山ガイドを務めて三十年。
珍しいことに今回のクライアントは若い女性一人だ。しかも登山経験はないのに、難易度の高いコースを選択している。
「もうすぐ頂上に到達しますよ」
「はい」
最初は心配だったが、無事に頂上までたどりつくことができそうだ。女性は華奢な身体だが、登山の疲れを全く見せなかった。
ゴツゴツした山道を、一歩一歩踏み締めて歩く。
山頂への到達、これが登山の醍醐味だと私は思う。彼女は初めての経験で、どんな反応をするだろうか。
標高が書かれた看板を通過した。ようやく山頂に到達だ。
「お疲れ様でした。山頂に到着です。どうでしたか、初めての登山は」
「思っていたよりも楽しかったです。良い気分転換になりました」
彼女はそう言ったが、表情に変化はなかった。無表情で、どこか暗い表情だった。
「ちょっと叫んできていいですか?」彼女は表情を変えず聞いた。
「もちろんです」
山頂の一角に立って、スゥっと息を吸い込んだ。
そして「マサキ死ねぇー!」と大きな声で叫んだ。
周りの登山客の視線が一斉に彼女に集まる。私も思わず目を見開いた。
清々しい顔で戻ってきた彼女に、私は尋ねた。
「あのう、マサキって……」
「私の元彼です。あー、叫んだらスッキリしました」
彼女の固い表情は崩れて、柔らかくなっていた。良い顔をしているな、と思った。
「本当に今日は来てよかった。また山を登りに来ますね」彼女は笑みを浮かべて言った。
「是非、また来てください」
自然と胸が温かくなった。
お題:心の深呼吸
—右手首の赤—
『運命の赤い糸』の言い伝えがある。
運命の相手と見えない赤い糸で結ばれており、いつか必ず結ばれるというアレだ。
だが、私は小さい頃からその赤い糸が見えている。右手首に結ばれた赤い糸は伸びて、幼馴染のソウシの右手首と繋がっていた。
私は別の男子が好きだったし、年を重ねるごとに段々と赤色が薄くなっていったから、信じていなかった。
「待ち合わせは渋谷のハチ公前か」
今日はマッチングアプリで知り合った男性とご飯に行く。社会人になってから出会いは減り、いよいよ生涯独身の危機を感じたからアプリをインストールした。
渋谷駅の改札を抜けて、人混みを掻き分けて地上に出る。
赤い糸は次第に濃くなっていく。
「あっ、見つけた」彼の元に駆け寄る。「すみません、お待たせしました」
「えっ」彼は驚いた表情を見せた。「ミナじゃん」
私は目をよく凝らして見た。その顔は幼馴染のソウシだった。気が付かなかった。
不意に右手首を見ると、真っ赤に染まっていることに気がついた。
「おまえ、写真盛りすぎだろ」
「そういうあんたも人の事言えないでしょ」
本当にこんなやつと結ばれるのだろうか。
絶対にいやだ、と心の中で毒づいた。
お題:時を繋ぐ糸
—作戦失敗—
学校に桜の木が多く植えてあるせいで、学校の周りには、枯れ葉がよく落ちていた。
俺の所属するサッカー部は、いつも朝練前にここを清掃する。地域貢献活動の一貫らしい。
「今日の掃除も長引きそうだな」
幸太はニヤニヤしながら言った。
実は掃除の時間が長ければ、この後に行われる朝の走り込みが短くなるのだ。皆にとって、それが一番嬉しかった。
「みんなゆっくりやれよー」蒼が皆に向けて言った。
教室に居なければいけない時間まで、あと一時間十分。俺たちは、四十五分かけて掃除した。
落ち葉を詰めたゴミ袋をきっちり処分すると、顧問の山岸先生の元に、皆で戻った。
「綺麗にできたか?」
先生の言葉に「はい!」と元気よく返事する。
「時間もないし、今日の朝は自主練にする。各自でしっかり練習するように」
また返事をして、今度は心の中でガッツポーズをした。
そのまま解散するかと思われたが「あと、午後の練習のことで伝えることがある」という始まりから恐ろしいことを告げられた。
「これから朝ランを午後に回すことにした。やっぱりこの時期は、落ち葉が多いから掃除が長引いてしまって、最近は走り込みが足りていない。春大会に向けて体力つけるためにも、皆、頑張ろう。じゃあ解散」
皆の返事は、小さく、そして重かった。
お題:落ち葉の道