辺り一面の紅葉に顔も上気する。あまりに見事な光景で、子供ながらに、これが美しいと呼ばれるものなのだろうと理解した。
両親が呼んでいる。
そちらへ向かおうと一歩踏み出した。
次の瞬間、風が吹いて木の葉が宙を舞った。視界が紅く遮られて何も見えなくなり、その場から動けなくなる。
徐々に風は収まっていき、視界が晴れていく。
次に目にしたのは、知らない男と、その場に倒れた両親と、ただただ美しい紅に染まった世界だった。
『紅の記憶』
たくさん踏み躙られたそれは、とうとう粉々になって壊れてしまった。
その断片を一欠片だけ拾って、泣きながら箱のずっと奥底に仕舞い込んだ。
そのまま忘れて、長い年月が過ぎた。
何かあった気がしていたけれど、思い出さないようにしていた。ずっと目を塞いでいた。
ある日、弾けるように箱が開いた。奥底から、あの頃の気持ちが溢れ出した。
今からでも間に合うだろうか?
その小さくなった、けれども重い断片を、大切に手に取った。
『夢の断片』
タイムマシンを開発するのが夢だ。
その第一歩として、未来が覗ける双眼鏡を開発した。
左のレンズにあるリングで日付を、右のレンズにあるリングで時間を指定すると、その指定した日時が覗けるのだ。
早速試してみる。まずは一分後。特に変化はないが、ちゃんと覗き込める。次は一時間後。お、物の位置が変わっている。じゃあ次は明日。大きな変化は見られないが、やはり物の位置が若干変わっている。
よし、次は百年後……見えない? 十年後も、見えない……。五年後も見えない。では、一年後は?
驚いた。一年後、タイムマシンを完成させている自分の姿が見えた。
もしかして、この双眼鏡では一年後が限界なのかもしれない。しかし、それでも構わない。タイムマシンを完成させて、直接自分の目で未来を確かめればいいのだから!
それから一心不乱に開発を続けた。
とうとうあの日見た瞬間が訪れた。タイムマシンを完成させたのだ。
意気揚々とタイムマシンに乗り込み、百年後を設定する。
あの日見えなかった未来へ、出発だ!
そして、その未来で何も見ることはなかった。あの日見えていたもの――いや、見えなかったものは、確かだった。
『見えない未来へ』
空を一陣の風が吹き抜けていった。
誰も気を止めていなかった。いつもの風だと思っていたから。
風は大地を揺るがして、世界を変えた。
今はもう、そこに風を感じる者はいなかった。
『吹き抜ける風』
スカイランタンのイベントが行われていた。気球みたいなランタンを空に飛ばすあれだ。
そのイベントの概要に、不思議なことが書かれていた。
『短冊に忘れたいことを書いて、空に飛ばしてしまいましょう』
こういうのって、願い事を書くんじゃなく?
まぁ忘れてしまいたいこともあったし、面白そうだし、何より空を舞うたくさんのランタンは綺麗だろうと、参加することに決めた。
願い事を書いた短冊をランタンに貼り付け、放つ為の会場へ移動する。
みんな恥ずかしかったことでも書いているのか、短冊が見えないよう隠している人が多かった。
日が暮れて、ライトを灯したランタンが一斉に放たれた。カラフルなLEDの灯りに、ヘリウムガスで飛ばされているので、空は様々な色で覆い尽くされた。
なんて綺麗だろう……。
その光景を見ているうちに、短冊に書いたことだけでなく、ランタンを飛ばしたことも、自分がなぜここにいるのかすらも忘れてしまったのだ。
『記憶のランタン』