世界各地で環境破壊が行なわれていた。極めつけに戦争まで起きた結果、地球は人間が住める場所ではなくなってしまった。
それでも、各地にあるシェルターに逃げ込んだ人は今もその中で暮らしていた。外に出ることはできないけれど、それなりに快適だった。
「これは何?」
女の子が近所のお兄さんに尋ねた。
手の上にはガラスでできた容器がある。容器の中には今では見ない形をした家があり、白い粉が降り積もっている。容器を揺らせば、その粉が中でキラキラと舞った。
「あぁ、スノードームだよ」
「スノードーム?」
女の子がきょとんとした顔をする。
お兄さんは優しく答えた。
「この白い粉はスノー――雪と言って、空気中の水分が凍って結晶になったものなんだ。このスノードームの中身は違うけどね。昔、地上では、寒いとこの白い粉が降ったりしたんだって」
「へぇー!」女の子は目を輝かせて言った。「雪、見てみたい!」
「えぇー……?」
お兄さんが困った顔をする。
このシェルターはドーム型をしていて、天井の一角がガラスで出来ている為、外の様子を見ることはできた。
しかし、雪なんて見たことがない。
見えるのはくすんだ色をした空と、荒廃しきった地表だけだ。
「俺も見てみたいけど……いつか見られたらいいな」
女の子の頭にぽんと手を置き、優しく撫でた。
……やけに冷える。
くしゃみをしてお兄さんは目を覚ました。
時刻は深夜。しかし完全に頭が覚醒してしまい、散歩がてら外が見える場所まで歩いていくことにした。
そこに辿り着くと、お兄さんは目を丸くした。
外に、どうやら雪が降っている。暗く広がるガラスの向こうに、白いものが激しく舞っている。
それはこのドームを飲み込む勢いで、あのスノードームの雰囲気とはだいぶ様子が違う。
初めて見る光景に、ただただ立ち尽くした。
『スノー』
ここはたくさんの動物が暮らしている森。いろんな動物が、いろんなことをしています。その中に、魔法が使える猫がいました。
ある日、なかなか朝がやって来ませんでした。夜が明けないので、動物達はそのままずっと眠り込んでいます。
唯一活動していた魔法使いの猫が、夜の女王である月に、なぜ朝が来ないのか尋ねると、月はこう答えました。
「知らないわ。太陽が寝坊でもしてるんじゃないかしら?」
猫は箒に跨ると空に飛び上がり、東へと全速力で向かいました。
夜空を越えて、少しずつ空が白んできます。
そうしてその先に、朝と昼の王である太陽が眠り込んでいるのを見つけました。
起こすと、まだまだ眠い太陽は一瞬ムッとした顔をしましたが、時計を見て飛び上がりました。
「まずい。遅刻だ! 起こしてくれてありがとう!」
そうして、ようやく森に朝がやって来たのでした。
動物達が時計を見て、「おかしいなぁ。なんでこんなに時間が経っているんだろう?」と不思議がる中、猫だけがその真実を知っていました。
『夜空を越えて』
温かい腕の中で目が覚めた。
嬉しそうに私の顔を見つめてくる。
これが『母』なんだろうと、直感的に理解した。
ベビーベッドに寝かされ、天井を見つめる。小さな部屋だ。
母は毎日私の顔を覗いて、嬉しそうにニコニコしている。
何が楽しいんだろうか……。
そういえば、私は、ここに来る前は何をしていたっけ?
……思い出せない…………。
でも、今あるこの温かい風景はずっと忘れないでいようと、心に刻んだ。
『ぬくもりの記憶』
君の冷たくなった指先をぎゅっと握って、僕のポケットにそっと運ぶ。
冬は寒くて嫌だね。でも、これで少しは温かくなるかな?
……全然温かくならないね。
それに、乾き切ってなくてぬるぬるするし、ポケットも赤く染まってきた。
やっぱりいらないや。
僕は君の指先を、近くのゴミ箱にぽいっと投げ捨てた。
『凍える指先』
雪原のその先へ進みたかった。長い冬を越えたその先に、春があるから。
手を伸ばした。けれど、届かない。
いつの間にか降り出した雪が、激しく吹き荒れた。濃い白が視界を覆っていく。前が見えない。
もう、先に進む力は残っていない。
仲間がいた。
今もなお別の場所で、使命を果たす為に戦っている仲間が。
自分がいなくなっても、世界は回る。あいつらが、世界を回してくれる。
……眠くなってきた。
このまま、終わっていくのだろう。……。
…………。
厚い雲の隙間から、薄い光が差した。徐々に吹雪が止んでいく。
雲もいつしか去っていき、太陽が辺りを温かく照らし出した。
目を開けると、どこまでも澄んだ青空が、視界いっぱいに広がっていた。
「…………春?」
春がやって来たんだと、そう感じた。
きっと使命は果たされた。凍えることはもうない。
雪原の先へ、仲間の元へと、再び歩き出す。
早く会いたいと、心から願っていた。
『雪原の先へ』