川柳えむ

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12/22/2025, 10:40:15 PM

 異国の寺院の長い長い回廊を歩く。
 静けさが漂う庭を横目に、案内人の後を着いていく。光が射して、とても心地が良い。
 旅の中で、たまにはこんな休息の時間があってもいい。
 この寺院には、自国の王に言われてやって来た。
 魔王を倒す旅を続ける俺に、この寺院の僧正は強い力を持っている。きっと力になるだろう。と。
 でもたしかこの回廊、急にモンスターが現れるんだよな。しかも、この寺院の僧正がこのエリアのボスだったはず。かなり強かった記憶あるなぁ。
 ……ん?
 何の話だ? 急にモンスターが現れる? エリアのボス……?
 長い回廊を歩く中で、唐突に思い出した。
 ここはゲームの中だ。
 間違いない。転生というやつか。これは前世で俺がやっていたゲームだ。そして、そのゲームの主人公になっているのが今の俺だ。
 寺院だから、何か不思議な力でも働いたのだろうか。
 一瞬混乱したが、すぐに気を取り直す。
 僧正は強い。しかし、今の俺は戦い方を覚えている。きっとこれは、必ず倒せという神の思し召しだ。
 光の中で、徐ろに剣の柄を握った。


『光の回廊』

12/21/2025, 10:58:38 PM

 貴方への想いが降り積もっていく。
 たくさんたくさん。
 貴方の為に何でも買った。
 CDも、Tシャツも、タオルも、ペンライトも、缶バッジも、アクリルキーホルダーも、アクリルスタンドも、何でも。
 貴方が欲しくて。
 貴方の為に何でも作った。
 うちわも、メッセージボードも、ポンポンも、痛バッグも、何でも。
 貴方を支える為に。

 貴方への想いが降り積もっていく。
 貴方への想いが降り積もり過ぎて――。
 部屋の床が抜けた。


『降り積もる想い』

12/21/2025, 2:00:44 AM

 家の中を整理していると、鏡台の引き出しの奥の方から、古い箱が出てきた。
 その箱を開くと、かわいらしいリボンの髪留めが入っていた。
 そのリボンには見覚えがあった。
 どこで見たのか記憶を探る。そして思い出した。
 書斎の一角にまとめられたアルバムから、それを見つけ出した。
 母の、私が生まれる前の写真。
 母と父が寄り添って笑っている。その母の頭に乗っているのが、まさしくこのリボンだった。
 母の宝物だったのかな。
 だって、この写真の母は特別幸せそうに見えた。
 その、母のリボンの髪留めを、自分の頭につけてみる。
 笑った顔は、母にそっくりだった。


『時を結ぶリボン』

12/19/2025, 10:39:53 PM

「今年はサンタさんに何をお願いするの?」
 今年引っ越してきたばかりで、まだ周りに慣れていない。友達とも離れ、さぞかし寂しい思いをしているだろう。
 せめてクリスマスだけでも盛大に。プレゼントも豪華にして楽しんでもらおうと、お母さんが女の子に尋ねた。
 女の子はその言葉にすぐさま目を輝かせた。
「キラキラしたもの!」
 キラキラしたもの? 宝石とかそういう?
 さすがにそれはまだ早い。おもちゃの宝石でいいだろうか。
 そうしてプレゼントを決め、クリスマス当日がやって来た。
 天気は悪く、厚い雲が空を覆っていた。
「今日は冷えるわねぇ」
 予約していたケーキを受け取りに、お母さんは女の子と共に道を歩いていた。
 突然、女の子が声を上げた。
「キラキラ!」
「え?」
 女の子がお母さんに向かって手を差し出す。
 手袋をはめたその手の平の上に、小さな雪の結晶が乗っていた。
「……雪?」
 見上げると、雪が舞い出していた。
 今まで南の方に住んでいた女の子が雪を見るのは、これが初めてだった。
「キラキラ! わぁー」
「キラキラって……」
「サンタさん、ありがとう!」 
 女の子が喜ぶ顔を見て、お母さんもサンタクロースに感謝した。


『手のひらの贈り物』

12/18/2025, 10:32:02 PM

 私は端数の存在。どこへ行っても余り物。
 小さい頃からそうだった。最後に残されるのは私だ。

 たとえば、仕事でも。いつ切り捨てられてもいいような、いつもそんな位置にいる。
 たとえば、恋愛でも。誰かの隣にいることも叶わない。端数なのだ。手を伸ばしても届かない。大切な人の隣には、必ず私以外の大切な人。

 日曜の朝。ホームに滑り込んできた電車は気怠そうに。乗り込むと、ゆっくりとまた走り出した。
 透き通るような青空が、窓の外に広がっている。
 どこへ向かおうとしているわけでもなく、ただぼーっと電車に揺られながら、窓の外を眺める。

 このまま消えてしまっても、誰にも気付かれない。誰の記憶の片隅にも残らない。
 たとえば、私の存在で誰かが傷付くとしたら。同じように私も傷付いていたとしても、端数である私が消えるべきなのだ。

 それでも、もし誰かが私のことを少しでも心の片隅に残してくれるのなら。
 そう言ってくれる誰かの存在があるならば。
 それがたとえ、口先だけでも。私自身がそれを知っていたとしても――私はまだ、生きていける。
 世界の片隅で、そんなことを思う。


『心の片隅で』

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