異国の寺院の長い長い回廊を歩く。
静けさが漂う庭を横目に、案内人の後を着いていく。光が射して、とても心地が良い。
旅の中で、たまにはこんな休息の時間があってもいい。
この寺院には、自国の王に言われてやって来た。
魔王を倒す旅を続ける俺に、この寺院の僧正は強い力を持っている。きっと力になるだろう。と。
でもたしかこの回廊、急にモンスターが現れるんだよな。しかも、この寺院の僧正がこのエリアのボスだったはず。かなり強かった記憶あるなぁ。
……ん?
何の話だ? 急にモンスターが現れる? エリアのボス……?
長い回廊を歩く中で、唐突に思い出した。
ここはゲームの中だ。
間違いない。転生というやつか。これは前世で俺がやっていたゲームだ。そして、そのゲームの主人公になっているのが今の俺だ。
寺院だから、何か不思議な力でも働いたのだろうか。
一瞬混乱したが、すぐに気を取り直す。
僧正は強い。しかし、今の俺は戦い方を覚えている。きっとこれは、必ず倒せという神の思し召しだ。
光の中で、徐ろに剣の柄を握った。
『光の回廊』
貴方への想いが降り積もっていく。
たくさんたくさん。
貴方の為に何でも買った。
CDも、Tシャツも、タオルも、ペンライトも、缶バッジも、アクリルキーホルダーも、アクリルスタンドも、何でも。
貴方が欲しくて。
貴方の為に何でも作った。
うちわも、メッセージボードも、ポンポンも、痛バッグも、何でも。
貴方を支える為に。
貴方への想いが降り積もっていく。
貴方への想いが降り積もり過ぎて――。
部屋の床が抜けた。
『降り積もる想い』
家の中を整理していると、鏡台の引き出しの奥の方から、古い箱が出てきた。
その箱を開くと、かわいらしいリボンの髪留めが入っていた。
そのリボンには見覚えがあった。
どこで見たのか記憶を探る。そして思い出した。
書斎の一角にまとめられたアルバムから、それを見つけ出した。
母の、私が生まれる前の写真。
母と父が寄り添って笑っている。その母の頭に乗っているのが、まさしくこのリボンだった。
母の宝物だったのかな。
だって、この写真の母は特別幸せそうに見えた。
その、母のリボンの髪留めを、自分の頭につけてみる。
笑った顔は、母にそっくりだった。
『時を結ぶリボン』
「今年はサンタさんに何をお願いするの?」
今年引っ越してきたばかりで、まだ周りに慣れていない。友達とも離れ、さぞかし寂しい思いをしているだろう。
せめてクリスマスだけでも盛大に。プレゼントも豪華にして楽しんでもらおうと、お母さんが女の子に尋ねた。
女の子はその言葉にすぐさま目を輝かせた。
「キラキラしたもの!」
キラキラしたもの? 宝石とかそういう?
さすがにそれはまだ早い。おもちゃの宝石でいいだろうか。
そうしてプレゼントを決め、クリスマス当日がやって来た。
天気は悪く、厚い雲が空を覆っていた。
「今日は冷えるわねぇ」
予約していたケーキを受け取りに、お母さんは女の子と共に道を歩いていた。
突然、女の子が声を上げた。
「キラキラ!」
「え?」
女の子がお母さんに向かって手を差し出す。
手袋をはめたその手の平の上に、小さな雪の結晶が乗っていた。
「……雪?」
見上げると、雪が舞い出していた。
今まで南の方に住んでいた女の子が雪を見るのは、これが初めてだった。
「キラキラ! わぁー」
「キラキラって……」
「サンタさん、ありがとう!」
女の子が喜ぶ顔を見て、お母さんもサンタクロースに感謝した。
『手のひらの贈り物』
私は端数の存在。どこへ行っても余り物。
小さい頃からそうだった。最後に残されるのは私だ。
たとえば、仕事でも。いつ切り捨てられてもいいような、いつもそんな位置にいる。
たとえば、恋愛でも。誰かの隣にいることも叶わない。端数なのだ。手を伸ばしても届かない。大切な人の隣には、必ず私以外の大切な人。
日曜の朝。ホームに滑り込んできた電車は気怠そうに。乗り込むと、ゆっくりとまた走り出した。
透き通るような青空が、窓の外に広がっている。
どこへ向かおうとしているわけでもなく、ただぼーっと電車に揺られながら、窓の外を眺める。
このまま消えてしまっても、誰にも気付かれない。誰の記憶の片隅にも残らない。
たとえば、私の存在で誰かが傷付くとしたら。同じように私も傷付いていたとしても、端数である私が消えるべきなのだ。
それでも、もし誰かが私のことを少しでも心の片隅に残してくれるのなら。
そう言ってくれる誰かの存在があるならば。
それがたとえ、口先だけでも。私自身がそれを知っていたとしても――私はまだ、生きていける。
世界の片隅で、そんなことを思う。
『心の片隅で』