『お気に入り』
梶井基次郎の『檸檬』。
丸善に檸檬爆弾を置いて帰る最後のくだりが有名だけれど、僕は特段そこには惹かれなかった。
それは皆が檸檬爆弾を擦り過ぎた、というのもあるだろうが、それよりも『檸檬』の全編を通して繰り広げられるフワフワとした好きな物の列挙の中に檸檬が1つポンと出てくるだけだから、というのもある。
檸檬以外にも、「私」が好きな物は沢山あるのだ。
僕はどちらかと言えば前半の丸善のウィンドウショッピングの話が好きだった。
初めて読んだのは学校の教科書内で、あの退屈極まる授業の中でいきなり「オードコロン」とか「香水瓶」「煙管」なんか出てきたから、僕はなんとなくソワソワしてしまった。
単純にカッコイイな、と思ったのである。
お金が無いけど病気をしていた「私」が、自身を慰めるために贅沢をする。
贅沢と言っても、舶来品を心ゆくまで見た後に、結局少しお高めの鉛筆を1本買う、みたいな贅沢。
惚れてしまうだろう、コレは。
なんて豊かなんだろうと思った。
確かに貧乏しているかもしれないが、彼は心まで貧困では無いのだ。
イイな、と思ったから買う、買わないけど見る。
気に入ったから檸檬を買った。
重い美術の本を読んでみたは良いけれど、気が向かないまま腕の痛みだけが残る。
ふと気が向いて懐に入れていた檸檬を爆弾に見立てて本の上に置き去りにし、爆発したらどうだろうと考えて楽しむ。
たった10ページ程の間に、これほどの精神的な充足感を書ける人がいるのかと悔しくなるくらい、梶井基次郎は充実した人だと思った。
そうしてこの短編は、見事僕のお気に入りとなったのだ。
──────────────────────────────────
2月17日は梶井基次郎のお誕生日なので。
『待ってて』
もう少しだけ、待っていて欲しいの。
ニレの老木が青々とした葉をつけて、エムブラが生まれるまで。
ブドウを銀盆の上に載せておいて。
貴方の指の腹から未だ微かに伝わる熱が、実を熟させるまで。
天火で温めた料理を持って、今年生まれた猟犬を連れて来て。
祝福の息吹が、薄い産毛をふわりと掻き上げるまで。
貴方の開いた眼(まなこ)をそっと撫で、硬くなった肌をなぞらせて。
睫毛と髪の柔らかな調和が、貴方の凍えた微笑を溶かすまで。
ねえ、もう少しだけ、待っていて欲しいの。
黒檀の棺に冷たく乾いた土を被せ、貴方が青と二度と触れ合わなくなるまで。
もう少しだけ、待っていて、ほしいの。
貴方と私が混ざりあって、晴れやかな水銀が私の喉を這い進むまで───
──────────────────────────────────
初めて詩を書いてみました。
難しいですね
『花束』
花が、好きだ。
どんなプレゼントよりも。
触れてみて、花びらの僅かにザラザラした、じとりとした感覚を指の腹で味わう。
顔に近づけて匂いを嗅ぐ。
花束を抱きしめて、花弁に唇を寄せる。
「ふふ、綺麗。」
目の見えない私にとって、何よりも嬉しいプレゼント。
脳裏には、もうはるか昔になってしまった赤や青や紫の色が弾けるのだ。
目が見えないことが憐憫の対象であると知ったのは、私が実際に失明してからだった。
今まで見えていた世界が少しずつボヤけ、視野が狭まり、今はもう光が有るか無いかしか分からなくなってしまった。
そんなことになった私を、家族や友人は「大丈夫だよ」とか「可哀想」とか言って励ましてくれたが、私にはよく分からなかった。
確かに、色も、人の形も、空に広がる星空も、私には一生見えなくなってしまった。
でも積み木の円い手触り、人々の温かい声色、風の爽やかな匂いまでも失ったわけではない。
むしろ私には、目が見えなくなってからの方が感覚がクリアになって、世界をより鋭く感じられるようになって楽しかった。
今まで気づかなかったことに気づいて、この体のいい所と悪い所を見つけて、それでも楽しくて。
雨が傘に当たる時の音を楽しんだのは、小学生以来だった。
そうして私は、世界を沢山再発見したけれど、やっぱり1番好きなのは花束なのだった。
香りと手触りと質量を同時に感じられる贅沢。
食べ物は食べたらすぐに無くなってしまうし、アクセサリーは匂いがしない。それに冷たいだけ。
その点、花は食べ物よりもう少し長持ちして、かつ枯れる前に押し花にすることも出来たりして、私を何度でも楽しませてくれる。
ラナンキュラス、クレマチス、マリーゴールド、ダリアにアネモネ。
どんな花にも、色や匂いの他にもっと沢山の違いがあることに貴方は気づいているかしら。
見ることだけがこの世界の楽しみ方ではないのだと、花束を通して知って欲しいのです。
『どこにも書けないこと』
⚠️人を選ぶ内容です&頭の中に思い浮かんだ言葉をそのまま打ち込んでいるので、支離滅裂です⚠️
書いたら友達どころか知り合いも居なくなってしまう。
私はそんな、人に言い出せないとある性癖を持っている。
ずばり、近親相姦である。
しかも、父と娘とか母と息子とか姉と弟ではダメ。
絶対に兄と妹でなければダメなのだ。
私がこの異常性癖にいつから目覚めたのかは覚えていない。
だがいつの間にか、趣味は兄妹間の近親相姦を書いている小説や漫画を読み漁ることと、歴史上の人物で近親相姦の事実や噂のある人々の資料を集めることになっていた。
こんなこと絶対に他人には言えなくて、こっそりとスクラップブックの厚みが増していくだけである。
勿論こんな性癖のため、近親相姦の倫理的及び物理的な危険性は一般人よりは分かっていると自負している。
流石に創作の世界の中だけである。
現実でやっていたらそれはただのレイプだ。
その分別くらいはつく。
恐らく、2次元での「ヤンデレ」というやつに憧れがすぎて、『兄って妹が生まれた瞬間から一緒に居るってことだよね?妹のことなんでも知ってるんだ』みたいな安易な発想が最初だったと思う。
そこから色々と調べた結果、GSAを知った。
General Sexual Attraction、離れ離れの親族と久しぶりに再会した時に性的魅力を感じる現象のことである。
これって都会に引っ越したあと長い間会っていなかった幼なじみに再会し、惹かれていく───というやつなのでは。
そもそも人間は似たDNA、自分と似た存在に惹かれやすいものである。
安心するからだろうか。その辺りはよく分からないが。
インセスト・タブーも別離の期間が長ければ、ほとんど他人のようなものなので嫌悪感が薄れる、とか。
あと、神話は近親相姦が多い。
恐らく初期の人類はそこまで大きな社会ではなかったからだろうと推測しているのだが、兄妹とか、母と息子とか多めである。
有名どころは『オイディプス王』だろうか。
フロイトの『エディプスコンプレックス』でおなじみのこのギリシア神話は、何も知らなかったとはいえ、息子が実の母と姦通する話である。
それ以外にも中国の女媧と伏羲とか、東南アジアの一部では虹を夫婦になった兄妹の神話で示す場合がある。
ハワイも、王家の特権として近親婚が推奨されるというのは面白い。特権なんだ。
神話というか、創世、起源神話に多い気がする。
親族以外に神話に出せる神(人間)がいなかったのだろう。
これが受け入れられるということは、古代では一般的な行動だったのか、『まぁ神ならそういうこともするか……』だったのか。
日本語の古文に出てくる「妹(いも)」「兄・背(せ)」も、『夫婦の仲』という意味なのだが、私はもう綺麗な目で見ることができない。
先程の虹の話もだけれど。
世界史でおなじみハプスブルク家の近親婚話は、私としてはいとこ婚や叔父-姪間が主なのであまり食指が動かないのだが、まあ1番理解しやすい典型的な例だと言える。
なんと言ってもあの顎。
いわゆる奇形、というやつだが、あれでも近親相姦の結果生き残った人間だけがあの肖像画として描かれるのである。
近親婚ではそもそも流産・死産が40%ほどという研究もある(母数が少ないので実情に沿っているかは分からない)。
あの特徴的な顎の人々も、度重なる死のリスクを乗り越えてきた人々なのである。
だからといって何も推奨される行為ではないが。
本当にやめよう。
現実では犯罪だし、先程言ったGSAの反対とも言われるウェスターマーク効果に反する。
(※ウェスターマーク効果とは、幼少期から同じ環境で育った人間には性的興味を持ちにくいとする仮説である、あくまで仮説的心理現象だが。)
仮に自分の母親が私に性的興味を抱いていたら、即逃げる。
泣き叫びながら逃げる自信しかない。
だから、私のこの興味はあくまで創作世界限定なのだと!最後に念を押しておく。
おしまい。
変なものを読ませてしまってごめんなさい。
『kiss』
あの日の貴方の横顔は、酷く静謐でした。
リビングの2人掛けソファに座った貴方は、机に置いている百合の花弁のようなランプをぼんやりと付けて、ただぼおっとしていました。
あの時の私達の間には、心地よいと言うには些か冷たい空気が流れていました。
だって、私達は他人よりは少し近いだけの、恋人でもなんでもなかったのですから。
貴方の目は、ランプの光を反射して明るく輝いているのに、どこか虚ろでした。
客人である私がいるのに、貴方の心は肉体とは違うところに在るようでした。
高い鼻梁、シャープな顎。
長くけぶるまつ毛に薄く上品な唇、熱のない瞳。
私など忘れているかのような気のなさ。
ふと、貴方のその美しい唇に接吻をしてみたくなりました。
貴方が好きとかそういうのではなくて、ただ、貴方のその美術品のような横顔の均整を崩せるかなと興味が湧いたのです。
でも、結局止めました。
貴方は私からの行動に動揺するほど、私に心を預けているわけでも、逆に全くの無関心でも無かったからです。
「……帰るね。」
私は貴方の蕾のような唇に重ねようとしていた自らの口をモゴモゴと動かして、暇乞いをしました。
言葉と共に出ていく空気が唇を掠める度に、どうして接吻なんてしようと思ったのか、と後悔が私の胸をさらっていきました。
それが、貴方との最期の、つまらない邂逅でした。
次に貴方と会った時には、貴方は白い箱の中に詰められていました。
その時に初めてまじまじと、貴方の顔を正面から見た気がしました。
綺麗な顔。
不謹慎にも思わず見とれてしまうほどの美貌が、花に囲まれて永遠の眠りについていました。
貴方の作り物めいた白い顔には化粧が施されていて、私があの日見つめた唇には紅がさされていました。
(ああ、この人は死んでしまったのだ。)
生前よりも紅いその唇を見た時、私はそう自覚したのです。
ええそう。自覚して、しまいました。
「……あの時、キス、すれば良かったな」
そうすれば貴方の柔らかな肉は、まだ暖かかったでしょうに。
私のこの口に出す前に消えてしまった想いも、暖かいままだったでしょうに。
静かな白ばかりの斎場の冷たさは、私と貴方の隔絶を如実に表していて、ぞっとするほどあの日の貴方の虚ろな瞳に似ていました。
私は手渡された白百合にそっと唇を寄せた後、静かに貴方の左足あたりに花を添え、足早にその場を去ったのでした。