朝倉 ねり

Open App
2/25/2026, 4:07:57 AM

『小さな命』

ふと、白い布の陰翳の円さに目を向けた。
揺蕩うリネンの隙間から、白く柔らかな肢体が見え隠れしている。
スゥー、スゥー。
貴女の命が燃焼するための拍動が溢れないように、しっかりと布を掛ける。
何も纏わずに目を閉じる貴女は繭の中。
その成熟した肉体に反するように、つい、と貴女から小さな命が殻を破って現れた。
第二の生よ、生まれ出たものよ。
私の手を柔く握るものよ。
私に小さな拒絶を見せるものよ。
貴女の少しばかり遅い成長は、いずれ、球から大輪の花を咲かせるのでしょう。

2/24/2026, 12:56:56 AM

『Love you』

朝起きた時、私に光が当たらないくらいの控えめさで、カーテンが引かれていました。
掛け布団が肩の上まで掛けられていたから、蹴飛ばした寒さで目覚めることも無くなりました。
階下から小さな鼻歌と、ジュージューと何かが焼ける音が聞こえてきます。
この香ばしい匂いは、昨日一緒に買ったバジルが入ったソーセージでしょうか。
値引きのシールを見て……いえ、見ずとも、ソーセージが好物だからカゴの中に入れたのでしょう。
なんて事ない顔をしてひょいとソーセージをカゴに入れた手つきがいつもより少しだけ丁寧で、呆れたと同時に笑ってしまいました。
ベッドから下りれば、綺麗に並べられたスリッパ。
トントンと階段を降りたそこは、眩いばかりの光に包まれた穏やかな日常でした。
窓枠の両端まで引かれたカーテン、テーブルにラップを被せたまま置いてある食事。

それらにニコリと微笑んだ後、キッチンで神妙な顔をしてソーセージと目玉焼きを焼いている後ろ姿にそっと忍び寄ります。
「……おはよ」
驚いたように振り向き、私の姿を認めて破顔する貴方。
「おはよう。もう出来るよ、ヤカン沸いてるからお湯使って」
「うんありがとう、コーヒー?」
「コーヒー」

2/21/2026, 1:45:11 AM

『同情』

「ああ、それ分かるー!」
そう言って、私がふとこぼした愚痴に『共感』した貴女。
そこには実感がこもっていて、貴女も私と同じように苦労したのだろうことが伺えた。
私と貴女は同じものを見ている。

「ああ、それは可哀想に。」
そう言って、私が泣きながらやっとのことで吐き出した言葉に『憐憫』を向けた貴女。
大丈夫だよ、私がいるからね。
私という小さなものを包む貴女は大きく、私に覆い被さるけれど触れ合わない。
私と貴女は対岸にいて、貴女は私を見ている。

「それは……。悲しかったね。」
そう言って、痛そうに目を伏せ『同情』した貴女。
貴女の脳裏で、私はどんな酷い目にあっているのだろう。
私の言葉を使って想像し、決して私ではない、けれど私に近い「貴女が想像する私」の境遇を悲しむ貴女。
私と貴女は隣にいて、互いの感情を擦りあう。
貴女は「私」を見ている。


他人に自分の感情を完全に理解させる事は出来ない。
私が貴女のことを何も理解できないのと同じように。
ただ、私が以前感じた痛みと今貴女が感じている痛みが同じであれば良いなと思い、そっと寄り添うのがきっと「同情」というものなのだろう。

2/20/2026, 6:56:04 AM

『枯葉』

ああ、ごめんなさい。
上手に産んであげられなくて、ごめんなさい。
お腹の中にいた時はあんなに重い重いと思っていたのに、今腕の中にいる貴方はこんなにも軽い。
命の重みを無くしてしまって、風に吹き飛ばされそうな枯葉のような貴方のふやけた身体。
私が貴方の代わりに重さを無くしてあげられればどれ程良かったことか。

産まれてくる貴方のために、産着を用意して、ガラじゃないけど靴下を編んでみて、眠い目を擦って色んな育児の本を読みました。
大変だったけれど、貴方が産声を上げて生まれてくる日をとても心待ちにしていたのに。
貴方は声すらも上げないままに、私の元から居なくなってしまいました。
私がちゃんと産んであげられていたら、貴方は私が老いるのに従って育ち、そして老いていったでしょう。
貴方の小さな手は既に冷たく、私の手は嫌になるほど熱い。
私の頬を流れる涙も、あまりにも熱いのです。
どうしようもなく。
貴方が生まれたあと、私の手を借りてスクスクと育っていくのを想像していました。
波瀾万丈で、けれどきっと楽しくなる、はずでした。
貴方の人生を楽しくさせようと決めていました。

貴方は私の手を、あまりにも早く離れていってしまいました。
貴方の小さな小さな遺骨は、今は枯葉の下になっているでしょう。
私の手に抱かれる前に、大地に抱かれることになってしまった貴方。
名前も付けてあげられなかった貴方。
ごめんなさい。

2/18/2026, 11:40:06 AM

『今日にさよなら』

いつからか、0時を過ぎてから寝ることが習慣になってしまった。
おかしいな、子どもの頃は8時か9時には寝ていたというのに。
今じゃ気づけば深夜である。

スタンドの灯りを頼りに作業していた夜。
ふと目を上げて、傍に置いたデジタル時計が1:26なんかを示している時。
そんな時に、僕は時間という区切りが人工的であることに気がつく。
原始の世界には「時間」という概念は存在せず、ただ太陽が昇り、沈むだけだったのだろう。
それを人間がある時、「1日」というものを作り、「1日は24時間にしよう」と決めた。
全世界の人間が守っている決まり事なだけで、1時間や1分の区切りなんて自然界には無いのだ。
だから僕は、平気で夜更かしをする。
1:26なんて中途半端な時間に集中力が途切れて、寝ようかなと思う。
今日も日付が変わる前に寝られなかったな、なんてぼんやり思う。
今日にさよならする前に、明日が今日になってしまったなと思うのだ。

Next