ささやかな約束
お昼寝していると、子供たちの部屋から声が聞こえてきた。
寝ぼけた頭のまま、なんとはなしに彼らの会話に聞き耳を立てていた。
「…もう準備できた?」
「うん。」
「お前はお小遣い俺より少ないから300円でいいよ!兄ちゃんが残りの700円出すからな!」
「わかった。」
小声でコソコソお互いの貯金箱から小銭を取りだしてやり取りしている。
「明日、一緒に学校の帰りにお花屋さん寄ってコレで母ちゃんにプレゼント買って来ような?」
「うん!母ちゃんにプレゼント!!」
「しーっ!声でかい!バレたらダメなんだからな!」
そういえば、明日は私の誕生日だった。
可愛くてささやかな2人の約束。
一部始終聞こえてしまったが、なんにも聞かなかったことにしよう。
と思ったけれど、私の口角は上がりっぱなしで明日が待ち遠しくてたまらない。
祈りの果て
【祈りの果て】
僕はこの絵にそう名付けた。
荒廃して、人類の文明が消え去った瓦礫と土埃の街。
中央にはまだ幼い子供が1人、弱々しい小さな両手を重ねて天に向かって祈りを捧げている。
子供の傍らには飢餓の末に亡くなった人間の亡骸が転がる。
天からは祈りに応えるように光が差し込み子供に降り注ぐ。
しかし、子供の後ろからは絶望が迫っていた。
黒い影が様子を伺っている。
鎌の刃先はあと一歩で子供の喉元にたどり着こうとしている。
祈りの果てに待つものは希望だったのか絶望だったのだろうか?
"祈り"というものがいかに不安定で不確かなのかを描いた。
心の迷路
真っ暗闇の中進む。完全に迷ってしまった。
ここは一体どこなんだろう。
『嬉しい』『怒り』『悲しい』『楽しい』、
『モヤモヤ』『ドキドキ』『ヒヤヒヤ』、
ここは色んな感情で散らかっている。
"心"にはたくさんの感情が渦巻いている。
まるで迷路だ。
怒っていたかと思うと楽しくなったり、
モヤモヤしていたと思ったら急にスッキリしたり。
心はこの世で1番複雑な迷路だ。
ティーカップ
15時庭園のガゼボでティータイム。
少し冷たい秋の風が肌を撫でる。
15時にはガゼボで庭を眺めながら必ずお茶をする。
これは結婚してから貴方が決めたルール。
アールグレイの香りに満たされて、可愛らしいバラの花が描かれたエルトリア・シェイプのティーカップを軽く持ち上げる。
このティーカップも貴方が私に買ってくれたもの。
私の宝物。
愛する貴方から与えられた沢山のものに囲まれたティータイム。
でも、私の心は欠けたまま満たされない。
ただひとつ、貴方さえいれば完璧なのに。
寂しくて
私の母は寂しがり屋だ。どこに行くにも何をするにも私か父が一緒じゃないと嫌だと駄々をこねる。
私が結婚して出ていく時も最後まで私を引き留めようとして、うんざりした私は逃げるように母の元から去った。
私が去った後しばらくして、母がこの世を去ったと報せが届いた。
まさかとは思ったが、病死だったらしい。
私は「忙しい」となんだかんだ言い訳を作って葬儀以来、お墓参りはほとんど行かなくなっていった。
結婚して3年、子供が生まれた。
愛しい我が子、これからはこの子のために生きる。
幸せを噛み締めていたのも束の間、ある夜、寝ていると夢を見た。
亡くなったはずの母が私に会いに来て言うのだ。
「寂しくて寂しくて仕方がないの。その子、頂戴?」
「ダメ!」
と声を上げると、汗だくで夢から覚めた。
そして、そんな夢を見た翌日、最愛の我が子が亡くなった。原因不明の急死だった。
それから私は塞ぎ込んで外に出ることも減っていった。
でも少しずつ回復して、また子供を授かることができた。
今度は絶対に奪わせない。
子供が産まれてから私は主人や子供に執着するようになった。
どこに行くにも何をするにも、常に一緒。
「寂しくて寂しくて、仕方がない。」