はす

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5/28/2025, 6:02:05 AM

これで最後

「もう、おわりにしましょう?」
彼女はそう言った。海の見える窓辺に寄りかかって、静かに微笑みながら。
「そう、だね」
僕も曖昧に笑ったけれど、ちゃんと笑えたかは分からない。

不思議な港だった。客が来ると、同じ部屋に女も泊まる。まるで新婚旅行の如く、ひねもす一緒にいるのだった。この港で君に会って、滞在している間、まるで夫婦のように過ごした。僕はもう、遠くの街へ船へ乗って行かねばならない。
「もっと一緒にいたかったわ」
それが本心なのか、嘘なのか、まだ君は僕の奥さんであるのか、わからなかった。
「手紙を書くよ」
「いいえ、いらないわ」
「でも」
「いらないの」
いらない。彼女は二度、繰り返した。一つ目は強く、二つ目は弱々しく。
「この部屋を出るまでは、君は僕の奥さんかい」
「ええ」
「じゃあ、言っておくれ。最後の挨拶を、奥さんとして」
「ええ、……いってらっしゃい」
あなた。君の声は柔らかく部屋に響いた。

僕は君と会える日はもう来ないのだろうと、これで最後なのだろうと、船に揺られながらそう予感していた。海上から見える小さな旅館が、だんだんと薄くぼやけていくのをただ、静かに見ていた。





川端康成の短編を参考に。

5/25/2025, 10:43:10 AM

やさしい雨音

雨は嫌いだ。服は濡れるし、じめじめするし、湿気が多くて、どことなく気持ち悪い。それなのに、さっきまで晴れていた空には、どんよりとした雲が覆い被さって、あっという間に雨模様となってしまった。明日は出かけようか、と昨日君と話していたはずなのに、今は二人で窓際のテーブルに座って雨を眺めている。
「結構降ってるわねえ」
「何で降るかなあ。出かけたかったのに」
「いいじゃない、雨は好きよ私」
「なんで?」
君は僕の問いには答えず、ただ静かに外を見ていた。
「ほら、聞こえるでしょう」
「?」
「雨の音。ちゃんと聞くと、結構面白いのよ。地面がアスファルトだったら硬い音がするし、水辺だったら水が跳ねる音がする。トタン屋根だったら、すごくうるさい」
へえ、と相槌を打った。確かに、雨の音なんて気にしたこともなかった。
「ああ、でも傘に落ちる雨の音は好きだな。聞いてると楽しくなる」
「ええ」
「あと、雨の匂いも好きだ。独特な匂いだけど」
考えてみると、雨も意外と悪くないな、なんて。
君は嬉しそうな顔で、笑っていた。
「嫌って思うより、好きだな、って思うことを見つけた方が、きっと楽よ」
うん、と頷いて、窓の外を眺めた。庭は土の地面で、三本の木と、いくつか低木も植えている。
耳を澄ますと、天から降り注ぐ水が地面に染み込んでいく様な、やさしい雨音がした。

5/16/2025, 8:30:12 AM

光輝け、暗闇で

夜空にちらちらと瞬く星々を見ていた。山の端が黒く縁取られて、星空だけが絵画のように鮮やかだった。山の澄んだ空気に、街中では見えない細かな星もはっきりとしている。君は隣で望遠鏡を覗き込んでいた。

週末。地元で有名な、星の綺麗な高原に来ていた。私を誘った彼は自前の本格的な望遠鏡を担いできたので驚いた。彼は星が好きなのだ。
「綺麗だね」
もう何度言ったかわからない言葉を口にのせた。彼はうんざりすることもなく、うんと頷いてくれる。何気ない言葉に同意してくれる人がいるというのは、心地いいものなのだ。日付が変わって少し経った頃、ここに着いて、もう数時間経っただろうか。流れ星は、後半夜に見やすいと聞いて来たのに、残念ながらまだ一つもお目にかかれてはいない。
「あれは、さそり座」
星座に疎い私に、彼は空を手でなぞりながら教えてくれた。名も無い星の集まりだった空に、段々と星座が頭のなかに描かれて形取られていくのが、不思議だった。そして、彼の語り口が、本当に楽しそうなのだ。黒の深い彼の瞳に、星空が浮かんでいるようにも見えた。

その瞳の黒が溶け込んだような空の端が、だんだんと白々と霞んでくる。あんなに煌めいていた星々はあっという間に色を失って、その影は深まっていく。登ってくる朝日が恨めしかった。
「今だけは、朝が来なければいいのに」
「うん、そうかもね」
彼の反応が薄かったのに視線を向けると、彼の目は薄れゆく星に細められていた。
「星は、消える訳じゃない。暗闇だからこそ、星は綺麗なんだ。昼でも、光り続ける。ただ、僕らの目には見えないだけで」
そうか、と私は頷いた。手を伸ばしてまだ明るい一等星をそっとなぞった。

夜が明ける。朝焼けが、薄れゆく星を指した手を茜色に染めた。

5/15/2025, 1:03:53 AM

酸素

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

百年前の夏目漱石ですら、こんな風に言っていたのだから、往々にして世の中そう変わらないものである。とにかく、この世は生きにくい。でも、私が世渡り下手なだけかもしれない。
子供の頃の方がもっと世界は鮮やかだったと、今ではしみじみ思う。度の低いレンズから高いレンズに変えた時のように、今では、よりくっきりと、見たいものも見たくないものも見える視力を得てしまった。解像度の低いままの方が、世界はきっと綺麗だった。

子供の頃で思い出したのは、地球温暖化が叫ばれてもう何年経ったかな、ということだった。物心ついた頃から温暖化、温暖化と学ばされていた気がする。二酸化炭素は増え続けて、酸素は、どうなのだろう。そちらの方面に明るくないから分からない。あの頃から地球は変わっただろうか。

息がしずらい、と思う。息の苦しい場所が、段々と増えて来たように思う。その場所に止まったままでは、不要な二酸化炭素ばかり増え続けて、必要な酸素ばかりが消費されていく。風通しが必要なのだ。どこか遠くへ行きたい。出来れば、酸素一杯の森の中とか。でも、それは難しいだろうから、少しでも、息のしやすい場所へ行きたいと願う。生きるために必要な酸素を求めて。

5/12/2025, 1:33:47 AM

未来への船

宇宙船地球号。燃料はいつまで持つのだろう。未来へはいけるのだろうか。

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