「スマイル」
この人は写真に写りたがらない。
当たり前と言えば、まぁ、当たり前なのだが。
吸血鬼は鏡、もとい、何にも姿が映らない。だから彼は自分の姿を見たこともないし、今後一切、その悍ましいとも言えるような美しさにも気付きはできないのだろう。
吸血鬼は悪魔と同じようなものだと言った者が昔いた。そんな者は、今ではその世界ごと消えているだろう。もともと、その人間がいた世界が剪定条件を満たしていたし、最初からそうなる運命だ。だが、彼は世界と共に消えはしなかった。その少し前に土の中なのだから。
神の御加護が在らんことを。
話が逸れてしまったので最初からやり直させて欲しい。
私が言っている彼は、吸血鬼だ。そのことは先ほど話した事でなんとなくは察しているかもしれないが。
そんな彼のことを、私は、彼に彼自身を見てもらいたいと思った。だが、カメラで撮った写真には、ただ真っ白な壁だけだった。
吸血鬼といったら怒られてしまうので引き続き「彼」という名称で呼ばせてもらう。
吸血鬼は鏡に映らない。まさか彼は写真にも映らないとは流石の私も驚いた。彼は少しだけ、消え入るような小さなため息と、うんざりしたような顔で私に写真を返した。彼に気を落として欲しいと思ったわけではなかった。
次の日、彼の部屋へ行った。私に気付いた彼は顔を上げたが、すぐに呆れたように苦笑した。
私は手に持っていた額縁を、彼を絵画のように額縁に入るようにした。彼は相変わらず呆れながら、私の意図を汲んでくれた。
ニコリと微笑んだ彼は、本当に絵画のようだった。
幽鬼のような消えそうなほど白い肌に、冷たく濁った青色の眼、そんな寒く冷たい印象の彼は、だが、暖かい陽射しのような、そんな微笑みを、絵画では表せられないと分かっているのに。
【紅茶の香り】
「いいのが手に入った。ので、お前を誘おうと思う。」
「誘い方下手くそ過ぎだろお前。」
その日は陽射しが出ていて風が頬を掠める気持ちのいい日だと思えた。それなのにも関わらずこの人間離れした美貌とこれまたモデルかと思う程の体型をした男…有角幻也から茶の誘いを受けるとは不運に尽きるだろう。
大体、なんで誘うのが俺なんだよ。ユリウスとかヨーコさんとかでもいいだろ。なんで誘うのが俺なんだよ。気まずくなるのは目に見えるだろう。
「…」
「…」
自分のカップに紅茶が注がれるのをじっと見つめる。それは感動とか綺麗とかそんな大層な感情なんかではなく、ただ単に有角と目が合わせられないだけだった。
「飲まないのか、蒼真」
ちげーよ。お前がじっと見てくるからだよ。飲めないんだよ。
心の中で悪態をつく。この男は鋭いのか鈍いのかよく分からなくなる。本当に、なぜこいつは俺を誘ってきたのだろう。俺も俺でなんでこいつの誘いを受けたのだろう。後悔した。心の底から本当に後悔した。
「…飲むって。」
紅茶の入ったカップを持ち上げて自分の口に近づける。仄かに香った紅茶の香りが、懐かしく感じた。これまで自分は紅茶なんて飲んだこと無かった。なのに、なぜ懐かしく感じたのだろう。
一口飲んで、カップを置く。
「どうだった」
有角の方を向く。相変わらず綺麗な顔をしていた。嫌になるくらい。
「初めてだし、いいとかよく分かんないけど…まぁ、美味しい?んじゃないかな」
「そうか」と言って目を伏せた有角を見ていた。
その時、風がふいてきた。暖かい、優しく頬を撫でるような風。有角の長い黒髪は風に靡いた。
蝶も花も、容易く壊れる
愛そうと思えば思うほど、それが出来なくなる
愛されるのが怖い私だって同じだ
愛すのも、愛されるのも、怖い
失うのに、何故か愛してしまう
どうせ私を置いていく癖に
君のせいだ
彼奴は太陽みたいに眩しくて、手が届かない。
彼奴はいつも光の元に立っていた。そんな彼奴を、俺は木陰で眺めていた。目を奪われていた。肌の白い彼奴が日の元に出ていると、どこか幻想的で美しい映画のワンシーンの様だった。
彼奴が太陽ならば、俺は月なんだろう。
彼奴は太陽の元にいるくせに、目を離せばすぐこちら側に来てしまう。それに、彼奴がこちら側に来るのは俺も困る。太陽に照らされていなければ、月は見え無くなってしまうのだから。
今日も彼奴は太陽の下で笑っている。
そんな彼奴を木陰から眺めている。
いつも通りだった。
空は晴れ渡って、暖かい風が吹いている。
鐘の音が、純白の衣を身にまとった彼女を祝福する。
私は、何も言えなかった。言いたいことは沢山あるのに、全て頭の中で纏まりが無くなっていく。喉に突っかかって言えない。
「貴方は幸せ?」
彼女からそう問われた瞬間、何も言えなくなった