「星が溢れる」
彼の目は不思議な色をしている。
濁った青に、黄色の星が散りばめられているような瞳。
星空のようで綺麗だと言ったら、悪趣味だと返された。
彼はすぐに自分を卑下する傾向がある。
少し前のとある日、私は階段から落ちて一週間寝ていたらしい。らしいというのは、階段から落ちた後の記憶が全くないからだ。ただ、寝たきりで目も覚まさなかったということだけを後から知った。そして、そのとき私につきっきりで世話をしてくれたのは彼だという。
他にも看病をしてくれた方から聞いてみると、曰く、彼は私が目を覚まさなくなった3日目に1人で夜に泣いていたという。
私は、なんとも不謹慎極まりないが、見てみたかったという考えが最初に出てきた。
彼の星空のような目から涙が溢れるのは、まるで、星が溢れる様な光景なんだと、それを綺麗だと思ってしまったからだと。
「たった一つの希望」
糸である。
触っただけで切れてしまいそうなほど細くて繊細な糸。
希望とは、そういうものだと教えられたのは9歳の頃であった。
母に言われ、父に教えられ、兄によって教え込まれた。
希望とは、ほとんどありはしない幻想、妄想の類であると。
私は生まれたとき確かに生きていたが、死んでいた。
兄の代わりに過ぎなかったのだ。私はいなかった。
思考を止めた、息をするのもやめてしまいたかった。
この世に、自分が自由に生きれるとは思えなかった。
口を開くのをやめた、感情を出すのもやめてしまった。
それほどまでに、私は幼子でありながら、諦めた。
ただ、それでも、やはり人とは哀しい生き物だった。
ずっと。
ずっと、ずっと、祈っていた。
自由に生きたいと、生きていたいと。
私は、自由に生きて良い、それだけを言われたかった。
誰かに救われるのをずっと待っていた。
細い、か細い、繊細な糸に縋り付くしかできなかった。
「現実逃避」
今度こそ死んでしまう。手が届かない。あと少し、ほんの少しだけだから、だから__。
願いは虚しく散るものだと、神はいないのだと知らしめられる。彼を救えなかった。2回だ。1回目は、彼の自己犠牲によるもの。その時は、みんなが協力してくれた。
2回目、今回はわたし一人だけ。今回も彼がわたしを助けてくれた。
救助が来たのは、彼が死んだすぐ後だった。
なんてひどい悲劇だろうか。わたしが手を伸ばして彼の腕を掴めたら、彼と手を離さなければ、彼は死んでいなかったのに。
泣いた。無様に、哀しみに、自己嫌悪に、助かったことへの安堵感に、彼を失ってしまった喪失感に暮れ、ずっとずっと泣いた。そうすれば、彼は同情して今にもわたしを慰めてくれると思っていたから。
彼がわたしを抱きしめてくれると思い込んでいるから。
なんてひどい自分勝手な現実逃避であろうか
「今日にさよなら」
彼は記憶が一日でなくなる。なので、毎日自己紹介から始まり、彼が、次は覚えておけるようにと言って書いていた日記を見せる。
もう少しで日付が変わってしまう。また、彼と別れなければならない。いつものことだけれども。
今日の彼は死んでしまう、けれど生きている。
なんと残酷だろう。なんと悲劇的だろう。
傷つき合うことで愛を確かめるのは愚かにも程がある。
彼はまた、明日には自分のことを忘れている。
だから、今日の彼にさようならを告げる。
彼がつけた日記を捨てる。
一ページしか書かれていない日記を捨てる。
明日の彼は、生きているだろうか
しにたくない
そう書かれた手紙が、ある日届いた。
「死にたいって言ってるくせに」
そう言いながら、ロープに首をかけた。
やめて
また紙が手に落ちる。なにがやめろだ。臆病者のめ。
「…」
母親の声がする。夕飯ができたらしい。
「…親不孝者すぎるだろ、ぜってぇ地獄行きだわ。」
ロープを捨てた。
満足したのか、未来の自分。臆病者